11 井戸から始まる技術ツリー
「井戸ってそういうものですよね?」
イゼルとフェルトの会話はかみ合っていない。
しかしイゼルは貴族の令嬢としては極めて例外ながら町で魔導具を作っていた者である。この食い違いの原因についても把握していた。イゼルの頭はアリステアが絡まなければちゃんと働くのである。
(この町の井戸ではこれが普通ということね)
だから、フェルトはイゼルが何を言っているのか理解できないのだ。
「外の井戸ではそうではないです。手で動かすのが普通で、たまに魔導具を使うものもありますが、魔導具の使用にはカギとなる呪文と人間からの魔力の供給が必要になります」
道具を使わずに魔術を使用しようとした場合、簡単な術であっても魔法語による長大な詠唱が必要である。それを短縮するために使われるのが魔導具であった。術者は魔導具の起動に必要な短い詠唱をするだけで魔導具に保存された詠唱を呼び出し、術を行使することができる。
「はぁ、そうなんですか」
「けれどこの井戸、その呪文詠唱も魔力供給もなく動いてましたよね?」
イゼルが驚いたのはそこであったのだ。
「そうですね。スイッチを入れればレバーが動きますね」
「呪文なく術が行使される。それは遥か古代に作られた伝説級の魔導具でしか実現していない失われた秘法なんですよ!?」
イゼルの声が思わず大きくなった。この井戸にはそんな伝説級の魔導具が使われている。
「まぁ」
フェルトはさほど驚いた様子はない。彼女にとってはこれが普通であるためだ。
イゼルは格差を痛感した。
「く、ぐぐ……。もしかして、この井戸を作れるという方もいますか?」
「井戸であれば」
「ぜひ会わせてください!」
イゼルはフェルトに詰め寄った。
「ずっと研究したいと思ってたんです! ぜひこの井戸の作り方、特に鍵となる魔導具の部分についてご教示いただきたく! お願いします!!!!」
「わ、わかりました。頼んでみましょう」
「お願いします!」
こうしてイゼルはフェルトに案内され、その職人の元を訪れることになった。
「はぁ。ポンプ井戸が自動で動く仕組みを知りたい?」
その職人、白いひげを蓄えた初老の男フライツは大変不思議そうな顔をした。
「それならほら、これだよ」
フライツは目の前の机の上にあった歯車をイゼルに渡した。
「歯車?」
イゼルはそれをじっくりと観察した。
真ん中に軸を通すための穴が開いた木の歯車である。歯の数は20。歯車の側面には見たことのない文字が細かく刻み込まれていた。
「この文字は?」
「よく知らん。師匠から教わった通りに彫っているだけだが、これがひとつでも間違っていると動かない。どういう意味なのかは知らん」
「これはどう使うのですか?」
「それならほれ、そこの軸」
フライツは机の端に置かれた台を指し示した。台座の上にちょうど歯車の軸穴がハマりそうな軸がついている。
「嵌めて軸についてるスイッチを押してみな」
イゼルが言われたとおりにすると、台座の上で歯車が回り始めた。もう一度スイッチを押すと回転が止まり、また押せば再び回り始める。
(この歯車の表面に刻まれている文字は、古代の伝説級魔導具に刻まれているという魔法文字なのでは……)
イゼルはそう見当をつけた。長い呪文詠唱、すなわち力ある音で術を定義する代わりに、力ある文字で術を定義している。どれほど高度な術でも一瞬で発動させられる、奇跡の文字たち。
帝国には、いや神龍の外の世界のどこを探しても、この文字を扱える者は現存していない。研究しようにもそうした古代魔導具は国家の秘宝として外に出されることはなく、調べることさえ不可能だ。
(そ、そそそそれが、私の目の前に!!)
手が震える。この刻まれている文字をすべてメモして帰りたい。調べたい。調べつくしたい。
(こんなものに巡り合えるなんて。やはりアリステア様は神! 究極の女神!! 世界を統べるべきお方!!!)
心中で崇拝対象への賛美を送りながら、イゼルは目を皿にして歯車を脳裏に刻み付けようとしていた。
「そんなにほしいならそれやるよ」
「よよよよよよよいのですかっ!?」
声が上ずった。
「いくらでも作れるしな。そんな興味を持ってくれるなら、一つくらいやるさ」
職人との間にも激しい温度差がある。だが食いつかない理由はない。
「ありがとうございます!!!」
「どうせ外の世界では動きませんしね」
フェルトが軽く漏らした言葉がイゼルのすべての希望を奪い去った。
「……うご……かない……?」
「はい。それは神龍様の魔力で動くと伝えられています。外に持ち出すとただの木の歯車です」
イゼルはその場に崩れ落ちた。
「あの、大丈夫、ですか?」
「私はもうだめです……。アリステア様に、イゼルはよくがんばったが力尽きたと、アリステア様のキスがなければ永遠に立ち直れないとお伝えください……」
フェルトはイゼルの気持ち悪いセリフを聞かなかったことにした。
「この中では使えるんですから。いいじゃないですか」
フェルトはこのセリフについて深い考えがあったわけではない。彼女たち体内空間の住人にとって『外で使えない』というのはどうでもいいことだっただけだ。
だがその言葉がイゼルに天啓をもたらした。
「そうだ、それです! もしかすると神龍様の魔力を使うという仕組みがこの文字の中にあるのかも!!」
「そ、そうかもな」
フライツも乱高下するイゼルのテンションに引き気味であった。
「きっとそうです! 私、この謎を解き明かして見せます! ありがとうございました!!!」
イゼルは歯車一つ握りしめて走り去っていった。
彼女が体内都市で「偉大なる第一歩」を踏み出し、研究に没頭しようとしていたその頃。
外の世界では、事態が呆気ないほど静かに進行していた。
ブルロック鉱山。その場所で、アリステアは優雅に椅子に座り、目の前に積まれた大量の箱を満足げに眺めていた。
先に来ていたヴァルカニアが接収するため、鉱山の者たちにあるだけの魔鉱石と魔石を箱にまとめさせていたのである。
アリステアたちは労せずしてそれを手にすることができた。
「実に助かった。そうだろ、クラハッド」
「ええ。食いしん坊神龍を前にすれば当然の結末ですね」
クラハッドは大量の魔石の箱を眺め、不意に声を潜めた。
「これで、本当にあの神龍の腹は膨れるのでしょうか?」
アリステアは答えられなかった。
そして鉱山攻略を終えたアリステアには、もう一つ果たさねばならない約束が残っているのである。




