12 約束のデート
デートとは何か。
あえてそう聞かれればアリステアはこう答える。
「交際関係にある男女がするという儀式だ。双方の関係をより親密にせんとして行われるものらしい」
この答えを聞いてクラハッドは思った。
(儀式……。この程度の認識でよく『お友達から』とか『デートしてやろう』とか言えたなぁ)
うまく噛み合ったのが奇跡的ですらある。
そして思った。
(この脳みその芯まで軍事に染まってる脳軍姫にデートプランを提供しなければならないのか、俺は)
なんという困難であろうか。
そもそも普通の男女であればデートプランを他人に丸投げなどしない。
だがアリステアは脳軍だし、フレイはアホだ。
一縷の望みをかけて、クラハッドはフレイに聞いてみた。
「なぁフレイ、デートってどうやるか知ってるか?」
「体の中のあいつらが、時々祭りで男女だけになって楽しそうにしてたのは見たことあるよ。まず二人だけになれる場所に行って服を脱いでさ―――」
「フレイ、それは忘れろ」
そんなものをアリステア相手に試みてみろ。殺されるぞ。クラハッドは食い気味に止めた。
「え、違うの!?」
「いいか、デートというのはな―――」
と、デートとは何たるかから説明してやらなければならなかった。
このままでは歴史に残るクソデートか、決定的な亀裂が生まれる破滅デートになるであろう。
それは避けたい。
クラハッドはこの神龍が帝都奪還の希望であることを理解している。
「おっちゃん詳しいねぇ」
「おっちゃんじゃねぇよ」
(俺がやらねば誰がやる……!!)
一周回ってやる気がでてきたクラハッドであった。
だが、ただ計画を立ててその通りにできるだろうか。また仮にその通りにやらせたところでそれはデートと言えるだろうか。楽しいだろうか。答えは否である。
そこでクラハッドは一計を案じた。
「殿下、デートプランについて作戦を立案しました」
「ほう」
「演習作戦目的は、敵対勢力市街における偵察能力強化になります。」
「作戦目的があるのか。まるで軍事作戦だな」
「その通りです」
軍事作戦としてプランを叩き込んでしまえば良いのである。軍事に置き換えてしまえば、アリステアは極めて有能だ。
「各偵察ポイントにおいて達成すべき行動も私の方でリストアップしておきました。ご確認ください」
クラハッドはアリステアにデートプランを記載した紙の束を差し出した。
「ありがとう、クラハッド」
そう言いながらアリステアはその中身にパラパラと目を通した。
「フレイには一切事前に内容を知らせないとあるな。なぜだ?」
「フレイを、殿下が敵対勢力の者であると認識していない現地住民と想定しています。偵察意図を隠しつついかに偵察を完遂するか、その訓練として設定しました」
フレイに叩き込んだところで絶対にその通り動かなさそうだから、とは言わないクラハッドである。
アリステアにだけプランを伝達する。これが彼の計画の第1段階であった。
「なるほど、理解した。見事だな」
「ありがとうございます」
クラハッドは一礼した。
このような事前のやり取りがあり、ついに本番の日が訪れた。
ディアタイザの町の露店市場は、さすが帝国有数の都市というだけあって賑わいを見せていた。道の両側には色とりどりの天幕を張った露店が並び、食べ物や衣類、雑貨が所狭しと積まれている。
アリステアもフレイも、民衆として紛れ込むことができる服で揃えている。アリステアの腰には長剣ではなく短剣だけ。自衛ができる最低限の装備である。
普段そばを離れない護衛騎士レイナも、今日は付かず離れずの距離を取ることになっていた。
「店の数は100前後。現状の客数は600人といったところか」
アリステアは冷静に市場の規模を計算した。
「え、アリーなに数えてんの?」
フレイが不思議そうな顔をしていた。
(しまった。フレイは偵察意図を隠すべき現地住民という設定だったな。迂闊な発言だった)
「……クセになっているんだ。店と人の数を数えるの」
苦しい言い訳である。
(やるな、フレイ。しっかりと役割に基づいてこちらの失言を追求してくるとは)
アリステアは内心でフレイに対する評価を一段階上げた。上げてしまった。
「そうなんだ? すごいねぇ!」
お分かりだろう。フレイは何も考えていない。当然である。彼はアホの子だった。
その真実には気づかないまま、アリステアは話題の転進を図ることにした。
「まぁな。フレイは何か欲しいものはないのか?」
「もしかして何か買ってくれるの!?」
たちまち目を輝かせるフレイ。
「あぁ。だがあまり高いものは無理だぞ」
「うん。何か買うなんて久しぶりだよ、俺!」
「久しぶり、ねぇ……」
フレイは、長いことノルフレイガルド砦を背に乗せたまま砦のあった場所に居続けていたはずだ。あの砦が動いたなどという話は、微塵も聞いたことがない。
「具体的には、どれくらいぶりなんだ?」
「結構寝てたから、よく分からないなぁ。寝て起きたら巫女がひ孫の代になってたことが何回もあったし」
「寝て起きたら60年くらいは経っていたわけだな」
「ひ孫以上だったことも何回かあるかも? あ、あの店気になる!」
フレイがその話題から逃げるかの如く近くの露店に走っていく。アリステアは慌ててその後を追った。
(原則同行者と5メートル以上距離を開けてはならない!)
作戦計画の記載に忠実に従う彼女である。
(この市場での達成目標は、物品店および飲食店5つ以上回り、市況調査をしつつ取扱品の品質を確認すること!)
彼女はまじめに作戦に取り組んでいる。
フレイがまず最初に駆け込んだのはアクセサリー店だった。
腕輪や指輪、首飾りなどが所狭しと並べられている。素材は木や青銅、錫と思われるものが大半だ。色ガラスのビーズを使った物もあり、鮮やかさはある。
どれ一つとして、姫としてアリステアの周囲にあった最高品質の宝飾品に及ぶものではない。
(露店であるから、当然一般庶民向けだな)
もちろんこのような場所で超高級品が扱われているはずもない。だからこそアリステアには特に不満もなく、むしろ興味深げにそれらを眺めた。
「ふむ、丁寧に作られているな」
アリステアはその中から木でできたブローチを手に取ってみた。白い木と黒い木を組み合わせた素地の上に龍の象嵌が施されている。
「お目が高いですな。そちらは職人が丹精込めて、神龍様の加護があることを祈りながら削り上げた逸品でございますよ」
「ほう、神龍様の」
もちろん、象嵌されているその姿は、砦を背に乗せたポンコツ自称神龍の形ではない。長年帝国において伝承されている、鳥の翼を生やした細長い体をした神龍である。
「神龍かっこいいもんね!」
アホが胸を張っている。
「はい、もちろん。神龍様こそこの帝国の守護神、神龍様に護られる限り帝国は必ず勝利いたしましょう」
「うんうんそうだよね」
商人の営業トークにフレイは満足げである。商人は彼を神龍好きの青年と思ったのだろう。
「あ! ねぇねぇアリー」
フレイは並べられた商品の中から黒いバングルを取り上げた。
「これ買って!」
「じっくり選ばなくていいのか?」
「うん!」
(即断即決、良いことだな)
アリステアは商人に値段を聞き、予算内の額だったので支払いを済ませた。
「じゃあ、はい」
フレイが買ったばかりのバングルをアリステアに差し出してくる。
「なんだ?」
「これきっとアリーに似合うからさ」
「いや、私はいらな―――」
「アリーの目と同じ黒だからきっと似合うよ!」
「……私の物を買いにきたわけじゃないんだぞ。ちゃんと自分で使うものを選びなさい」
「えぇー」
「お客様」
商人が口を挟んできた。
「ここはひとつ、どうでしょう。同じものをもう一つお買いになってお2人で付ける、というのは」
「それだ!」
早速フレイが飛びついた。
2対1。アリステアはため息をついた。敗戦を認めざるを得ないようだった。
そのころ、神龍内都市にて。
歯車を熱心に調べるイゼルのもとをクラハッドが訪ねてきた。
「私は今忙しいです」
背中を向けたまま歯車から一瞬たりとも目を離さない。序列や社会的地位など知ったことか、というイゼルの姿勢にクラハッドは苦笑いしつつ、目的を果たすべく口を開いた。
「イゼル嬢、これは今朝のことなんだがね」
クラハッドの仕事はデートプランを作成するだけにとどまらないのであった。これぞクラハッドのデートプラン提供計画の第2段階であった。
アリステアとフレイがデートに行ったことを告げると、イゼルの首がぐるんと回った。
「なん、です、と?」
地の底から響いてきたかのような声に、クラハッドは策略の成功を確信しつつ、ちょっと引いた。




