6 神龍体内-神龍都市
「この砦の地下に入り口がございます。皆様はそちらから。今の私は幻像のようなものですので、あちらで待たせていただきます。案内につきましては神龍様、よろしくお願いいたします」
「わかってるよ」
フレイが了解したのを確認して、フェルトが煙になって掻き消えた。
体内へはアリステアとクラハッドの2人で向かうことにし、フレイの案内で砦の中心にある扉から地下室へと入って行った。
「この先は貯蔵庫だったはずです」
クラハッドが教えてくれた。その説明の通り、地下に入ってすぐの扉を開くと、食料やワインの貯蔵庫になっていた。
フレイは貯蔵庫の壁に向かって迷わず歩いていく。そこにあるのはレンガ積みの壁だ。
フレイが近づいていくと、壁が真ん中で割れて開いていった。その先はどうなっているのか、真っ白い霧に包まれていた。
「こんな仕掛けが!?」
クラハッドが驚いている。
「俺の意思で開かないと、開かないんだよ」
フレイはその霧めがけて入って行く。
(入っても本当に問題ないのだろうか)
一瞬、アリステアの脳裏にリスクがよぎった。だがもはや乗り掛かった舟だと思い直し、アリステアは霧へと足を踏み入れた。
全てが白に塗りつぶされた中を数歩歩くと、不意に眼前が晴れた。
「これは……!」
青い空が見えた。中天には太陽が光を放っていて、日の光の熱さも感じる。あたりを見ると、大きな町の中にある丘の上のようだった。
丘の上から見える町は大きい。背の高い建物もそれなりに見え、1万人くらいは余裕を持って暮らすことができそうに見えた。建物の建築様式はアリステアの見知らぬもので、明るい灰色の屋根で統一され、その間を走る石畳と相まって美しく整っていた。
(転移か? どこか別の場所に転移するなどという魔法は聞いたことがないし、体内という表現にも合わない。ならばあれは幻覚の太陽か?)
「お待ちしておりました、姫殿下」
そして目の前10歩ほど離れたところに、先ほどまで話をしていたフェルトが立って待っていた。
その一方でここまで案内をしてきたはずのフレイの姿がない。
「フェルト殿か」
「はい。今度は本当の生身でございますよ」
フェルトが手を広げて笑顔を浮かべた。アリステアもそれに微笑を返した。
「ぬ」
すぐ後ろにクラハッドの気配が現れ、声がした。クラハッドは眼前に現れた光景に目を細めていた。
彼はアリステアと同じように空と太陽があることに驚いていたのである。
「地下から入ってこのような場所に出るとは思いませんでしょう?」
フェルトはその反応が面白いのか、くすくすと笑っていた。
「そうだな。少し、いやかなり意外だったのは間違いない」
「ここが私たちの生きる世界でございます」
「美しい町だな」
アリステアは率直な感想を伝えた。
だが町は妙に静かだ。道を歩く人影はほとんどないように見えた。
とてもではないが活気があるようには見えない。フェルトが言う危機がその理由なのかもしれない。
「町の外をご覧ください」
フェルトに示されて、町の外へと目を向けた。簡素な塀があり、その先に緑の平原が広がって……いなかった。
塀の先、少し離れたところに、白い壁のようなものがそそり立っていた。白い壁は上にいくにつれて次第に青みをまし、最終的には空と一体化していた。
「壁?」
「はい」
アリステアが疑問符付きで漏らした声をフェルトが肯定した。
「あれより先は立ち入ることができないのです。現在この空間ではこの町に2千人が集まって暮らすほかなく、食料を新たに得る手段が存在いたしません」
農地がない。森もない。しかし2千人の人間はいる。なるほど、これは餓死の危機と言うだけのことはある。
「現在、ということは、以前は違ったのか?」
「はい。ついさきほどまで、ここはこの10倍以上の広さがありました。私たちはそうした場所に村を構え田畑を作り、生きてきました」
「つい、先ほどまで……」
2人はそれがいつのことか悟った。
「神龍様がイキってオーバーキルした瞬間まで、です」
やはりである。
「だからあいつ今姿を現さないんだな……」
クラハッドはフレイが消えた理由を看破した。
「あいつ、また逃げたのか!」
アリステアは残念神龍を非難しつつ、この空間について考えていた。先ほどの一撃で神龍は魔力をほとんど使い果たした。そしてそれによってこの空間の広さも小さくなった。
この相関関係が示していることは一つだ。
「つまり、この空間の広さはフレイの魔力残量に対応しているのか」
「まさしく。古代には今とは比較にならないほど広大な空間が広がっていたと言い伝えられています」
「フェルト殿、この町に必要なものは?」
「食料です。この町は祭礼の時にしか人が集まらない場所でしたので、食料の備蓄はわずかしかありません。もってひと月」
「わかった。2千人分の兵糧だな。まさか永遠に必要になるのか? それとも空間を広げ直して農地を取り戻す方法があるのか?」
「神龍様が魔力を蓄えられれば空間は広がるはずなのです。ですので、並行して魔力を補充するようお願いしたく」
「魔力補充……」
アリステアは腰の剣に手をやった。これは絶対渡さない。
「魔力のあるアイテムや、魔鉱石、魔石といったものが良いようです」
「そうか、そのあたりを調達してフレイに食わせればいいのだな」
そう返したものの、アリステアは難題だと思っていた。
(魔鉱石は希少で高価、魔石は安いが需要が少なくて数が出回っていない。必要量の見当も付かないのが困るな)
手探りでいろいろとやっていくしかないのだろう。
「お手数をおかけいたします」
「私に責任の一端がないとも言えない。できる限りのことはさせていただく」
アリステアは請け負った。
神龍が戦えるように魔力を補充することは、ヴァルカニア撃退のために必要なことでもあるのだ。
そうして、アリステアたちはすぐに大商人が支店を出している町へ向かい、支援を求めた。
食料も、魔鉱石も、徴発するための軍も、購入するための現金もないのである。将来払う約束で購入契約を取り付けなければならなかった。
「なるほど。誠に申し上げにくいのですが、私共としては、両殿下のご期待に応え食料や魔鉱石をお売りすることはできませぬ」
それが商人の答えであった。




