4 お友達の一撃
「まさか早々とヴァルカニア側につくとは」
クラハッドが呆れていた。
(帝国の貴族としての誇りさえなかったか……!)
アリステアの中には元々、彼に対する恋も愛もない。だがそれを別にしてもヴァルカニア軍と行動を共にするということには怒りを感じずにはいられなかった。
「何が、無駄な抵抗は民衆のためにならない、だ。婚約者として死なせたくない、だ。自分の命を惜しんだだけではないか。下種め!」
アリステアにとってそれは選択肢にすらなりえないものだった。貴族としての義務、帝国のために戦うことを放棄した男など婚約者と思うことさえ嫌な気持ちがする。
「だいたい何がヴァルカニア国王の恩情により婚約はそのまま履行することを許された、だ。虜囚としては扱われないから惨めな思いをすることもない、だと! 貴様と結婚するくらいなら虜囚の方がましだ!」
怒り心頭である。
「返答はどうします?」
「任せる!」
アリステアは握りつぶされた手紙をクラハッドに突きつけて渡した。
もはや返答を自分で書く気を無くしていた。クラハッドは肩をすくめると、近くにいた騎士に声をかけた。
「この手紙にな、大きな文字ではっきりと返事を書いて返してやれ」
「は、文面はどういたしましょうか?」
「こういう場合にも作法がある。いいか、大きく『バカメ』だ」
「はっ!」
騎士は与えられた命令を果たすために走っていった。すぐに手紙を矢に結びつけたものを持って戻ってきて、ヴァルカニア軍へと射返した。
手紙が兵士からレイノーに渡された。手紙を開いて、レイノーは真っ赤になった。
「突撃だ! 攻め落としてくれる!!」
レイノーが叫び出し、兵士たちがあわただしく動き始めた。軍勢がレイノーを追い越し砦へと向かって進撃してくる。
「来るぞ、弓隊準備!」
クラハッドが兵たちに指示を出した。
その間アリステアはヴァルカニア軍をにらみ続けていた。
「ねぇねぇ」
金髪の男が口を開いた。もちろんアリステアは完全に無視を続けている。
「婚約者が裏切ったってことは、もう婚約破棄してフリーってことでいいんじゃないの。なぁそうだろ?」
「そうだな。あんなやつはもう婚約者ではないっ!」
アリステアはつい男に反応してしまった。
「じゃあさ、今こそ俺のお嫁さんになってよ。俺ならあいつら殺せるよ」
アリステアが男に顔を向けた。
男は緊張感のないわくわくした顔でアリステアの返答を待っている。
「……殺れるのか?」
アリステアは誘惑に負けた。
「殺れるよ!」
男は笑顔で断言した。
(く……。だがこいつと結婚?)
率直に言ってあり得ない。正体不明だし。怪しすぎるし。貴族でもないだろうから政略的に考えても疑問符が付く。
だが、こいつはあの敵兵たちを倒せるというのだ。裏切者のレイノー諸共に。撃退どころではなく、倒せると。
他にあの2千の兵を倒す手立てのないアリステアにとって、それはあまりに魅力的だった。唯一のメリットが大きすぎた。
(……そうだ)
アリステアの脳裏に一つの思い出がよみがえった。
まだ小さいころ、アリステアの周囲には恋愛物語にハマっていた侍女がいた。その彼女はお気に入りの恋愛小説についてよくアリステアに語ってくれていて、そのなかに、この状況を打開する方法があった。
アリステアは男に指を突き付けた。
「お友達からだ!」
侍女いわく、『お友達から始めるんだけど、少しずつ惹かれていっちゃうの、きゃー!』とのことだ。惹かれる云々はどうでもいい。だがこれなら最終的に結婚しなくても約束は破っていないことになる。
アリステアの合理的な頭脳が生み出した、力を借りながらも結婚しなくて済むベストの方策である。
「お友達から?」
男は不満そうである。だがクラハッドが男の方に近づいていき、何事かささやいた。
「え? ほうほう。そ、そんなことが!? ……なるほど、お友達からにはそんないいことが……!」
男はしきりに頷いていた。
その内容はアリステアには聞こえないが、なにやらよからぬ入れ知恵をされている気がする。
「オーケー! 契約成立だ。まずはお友達からということで、俺はこれから君のために働こう!」
男はぱん、と手を叩いた。
「アリーって呼んでいいかな。あ、俺のことはフレイって呼んでよね」
「わかった、フレイ。それで、ほらさっさと有言実行して見せろ」
いろいろ気になる変節ではあったが、アリステアは親指で勢いよくヴァルカニア軍を指さした。
「せっかちだなぁ。じゃあいくよ」
フレイがそう言って指を弾いた瞬間、砦が揺れた。
「う、うわ、なんだ!?」
「じ、地震だ!」
砦のあちこちから兵士たちが声を上げながら立っていられず四つん這いになった。
城壁の上も揺れている。アリステアとクラハッドは姿勢を低くして揺れに耐えた。この二人だからこそ、周りの様子も見ることができていた。
砦の高さが増していっていたのである。
「いったい何が……」
アリステアは慎重に城壁の間際まで行き、下の様子を見た。
砦が、その土台の丘ごとせり上がっている。空堀を超えて砦に入るための石の橋が崩れていっていた。
地面を割って、ごつごつした、角のある頭が持ち上がって出てきた。
ぬっと首が伸びて、砦に迫ろうとしていたヴァルカニア軍を見下ろしていた。
ヴァルカニア軍たちは、その場にしりもちをついて腰を抜かしている者や、なんとか逃げようとしている者が続出していた。
彼らはそれがなんであるかをよく知っていた。
つい先日それで帝都を焼いたばかりであるから。
レイノーもまた、ぽかん、と理解の許容値を超えたように立ちすくんでいた。
「岩亀……?」
アリステアは呟いた。
「岩亀とは失礼だな」
フレイが子供に諭すように語尾を上げた。得意げに。特別に教えてやるとでも言わんばかりに。
砦を背に乗せた岩亀の口から光が漏れ始めた。
「俺こそは原初の城塞龍。君たちの祖先が、神龍と呼んだものだぞ」
その口から青白く輝く光の塊が放たれ、砦に迫るヴァルカニア軍を包み込み膨れ上がった。
爆風が膨れ上がる。アリステアはとっさに両手で顔を守った。強烈な風がアリステアを吹き飛ばそうとし、体を前傾させて耐えねばならなかった。
そのすぐ後には、爆心地に向かって引き戻す風が生じた。
風が収まってアリステアが目を開けると、黒煙がもうもうと立ち込めている。時間と共に黒煙が晴れていき、着弾地点の状況が目に入った。
ヴァルカニア軍はそのほとんどが跡形もなく消え去っていた。あまりの高温に屍さえ残らなかったのである。
アリステアは戦慄した。全身の肌が粟立つような感触が走った。
(私は、なんというものと『お友達』になったのだ……?)
アリステアはさきほどフレイに握られた手を見た。指先がかすかに震えていた。
自らを神龍であると名乗ったフレイは、城壁の上で大きく胸を張っていた。
「神、龍……」
クラハッドも、呆然とフレイを見た。
帝国の建国伝承では、神龍が建国帝を助けたことで大陸に覇を唱えるに至ったと言われている。紙による記録がない時代の、事実かどうかさえ分からない伝承であった。
「つまり、足元の存在が、今私の目の前にいるお前の本体で、神龍だということなのか?」
「そうだとも。どうだ、アリー。俺と結婚したくなったんじゃないか? ん?」
「ならない」
一言でフレイを石化させておいて、アリステアは岩亀改め神龍の首を見た。
よく見れば、たしかにその頭にフレイの頭の角と同じ形の角が生えている。これでは信じるしかない。
そしてヴァルカニア軍を一撃で吹き飛ばしたあの攻撃。
砦に向かって進軍するためかなり密集していたとはいえ、2千を一撃である。ファフヌル平原で帝国軍が受けた岩亀の火球よりも明らかに火力が高い。
(これは使える。もしかするとこいつだけで帝都奪還やヴァルカニアの撃退ができるかもしれない)
アリステアはそう判断した。
一対一でならヴァルカニアの岩亀に負けないだろう。2対1ならどうなるだろうか。それを判断するには情報がたりない。
「なぁフレイ」
アリステアが呼びかけると、フレイはすぐに動き出した。
さっとアリステアのすぐそばの胸壁に腰掛け足を組んで斜め45度で目線を送ってくる。カッコつけているつもりなのだろう。
「すごい火力だな」
アリステアはまず褒めた。
「そうだろ。もっと讃えてくれていいんだぜ!」
「これはどの程度連発できるんだ?」
それは軍事的な活用法を考えるための自然な疑問にすぎなかった。アリステアにとっては。
「……」
これまでの調子からして意気高々に語ってくれるだろうと思われたが、予想に反してフレイは沈黙した。目線がふよふよとあらぬ方へと泳いでいる。
「フレイ?」
その様子のおかしさに気付かない方がおかしい。これは明らかに何か良くないことを隠している。
「お、俺が満腹ならさ、いくらでも撃ちまくれるんだよ、うん。あははは」
「現状は?」
ごまかすな素直に言い給え、とアリステアは圧をかけた。
「あ、俺ちょっと行かなきゃいけないとこができちゃった」
白々しく言うとフレイの姿が消失した。
「……」
あとにはアリステアとクラハッドが取り残された。
「に、逃げた……」
「逃げましたね」
信じがたいことだった。まさか都合の悪い質問から逃げるなど。
「私は、とんでもない奴と友達になってしまったのか……?」
驚きがつい口に出てしまった。




