32 決着
星の杖が光を集め、放とうとしていた。
発射に備えて皇宮岩亀の前進圧力がなくなった。その隙に神龍は一歩下がり、わずかながら距離を取ることができた。
星の杖が光柱を放つ。神龍を焼き潰そうと襲い掛かってくる。
だがそのすべてを滅ぼそうとする星の光に対し、神龍の角が光を放ち、長く伸び光剣となった。
万象を断ち斬る光の聖剣が、星の光を迎え撃ち、斬り散らす。
「終わりだ!」
オラリオ男爵は柄にもなく拳を握り熱い叫びを発した。
神龍はその聖剣の力が宿った角で皇宮岩亀を斬り裂こうと首を振るった。
防ぐ手段はない。
光の刃は皇宮岩亀の首を斬り落とすだろう。
そう思われた瞬間、皇宮岩亀の正面に生じた光の壁が神龍の角を受け止めた。
「何……だと……?」
オラリオ男爵は信じられなかった。
アリステアの聖剣はあらゆるものを断ち斬ってきた。鋼鉄も、ドローマの鎖の光壁も。なんでも斬れるとの評価に違わず、すべてを斬ってきたのだ。
「あれは―――」
ちょうど、フレイと共に戦闘指揮所に戻ってきたアリステアが、そこに映る光景を見て声を漏らした。
「絶界盾スヴァリア……! クラハッドが持っていた秘宝だ」
皇宮岩亀の額に浮かんでいる小さな光の盾。それはクラハッドが持っていた盾そのものの形をしていた。
あらゆるものを防ぐ盾である。
「どうやら結界面で空間の繋がりそのものが断たれているようです。これでは聖剣でも斬れません」
鷹梟大佐がすぐに観測結果を述べた。
外では神龍が何度か首を振って角の刃を結界に打ち付けているが、鷹梟大佐の言葉を証明するかのように、打ち破る気配がない。
「魔力切れ勝負は、どうやら我が方の方が不利です」
鷹梟大佐は冷静だった。頼もしくはあるが、憎たらしくもあった。
「まだ、何かあるはずだ……」
アリステアはあきらめない。あきらめずに方法を探した。
スヴァリアがあるからには、神龍での攻撃による勝利は望めないだろう。兵の損害を覚悟してでも奴の背に乗り移り、何が何でも敵兵を排除するしかないだろうか。
だが、できるのか。
敵が持っている秘宝の数々。これまでに使われた物だけでなく、他にも様々なものがアリステアの記憶にある。はたして敵の背に乗り移ることが出来るのか。大損害を出して崩壊するということにならないか。
撤退すべきではないのか。
「タイサ殿、魔力切れ勝負をやった場合、敵はどの程度攻撃を行えるか分かるか?」
アリステアは最後に聞いた。
「ふむ……攻撃用の大規模事象干渉は魔力消費がおおきい。ものにもよりますが2か3かと」
(……やる)
アリステアは覚悟した。
敵が持つ秘宝で損害は出るだろう。だが乗り移って敵兵と乱戦になれば使える秘宝は制限されるし、建物の中も使いにくいだろう。ベガートは味方を巻き込んで撃つほどの狂気の持ち主ではないはずだ。
遮二無二乗り移る。
勝機は、十分とは思えないが、あるにはある。
やる。
もう決めた。
そして、クラハッドの仇も取る。
「殿下」
オラリオ男爵がアリステアに声をかけてきた。
撤退でも進言する気か、と顔を見ると、オラリオ男爵は床の一か所、外の地面を走る騎兵の一団を指さした。
「神龍騎士団です」
オラリオ男爵に指さされているとも知らず、副団長レグルドに率いられた神龍騎士団2百名は、皇宮岩亀へ向かって馬を走らせていた。
エルアクス軍として戦い、敗れていた者たちである。他の敗残兵と共に野営地にて傷を癒していたが、いても立ってもいられず、エルアクスに直訴して援軍としてはせ参じたのであった。
「絶界盾スヴァリアだと。ふざけるなよ!」
その先頭で、レグルドは声を上げていた。
「その盾は、我ら神龍騎士団の誇り。ヴァルカニアなどに、好きに使わせるものかぁ!」
神龍騎士団員たちは、皇宮岩亀の右前脚の足元に向かい、その足元を取り囲んだ。
「詠唱合わせろ!」
彼らの中の、魔法の心得のある騎士たちが同時に魔法語の詠唱を始めた。
やや長めの詠唱が終わり、魔法がその効果を表した。
ズブリ。
泥濘化。対象範囲を底なし沼に変化させる魔法である。
わずか50センチ、皇宮岩亀の足が沈んだ。
足が取られるほどでもない。ほんの少し体勢がぶれる程度のものだ。
だが。
『発動中に絶対に動かしてはならない』盾が動いた。
皇宮岩亀が展開する絶界盾が鈍い音を立てて消失した。
「よっしゃこのやろぉぉぉぉ!!!」
フレイの気合と共に、その角の光剣が長く伸び、皇宮岩亀の頭から胴体にかけて真っ二つに斬り裂いた。
「やったぞ!」
アリステアは快哉をあげた。
フレイはそんなアリステアをしばし見つめた。
それから、静かにその手を取った。
「どうだ、そろそろ俺と結婚したくなったんじゃないか?」
アリステアはフレイの顔をしばし見返したあと、軽く息を吐いて答えた。
「ならない」
皇宮岩亀は、神龍に断ち斬られ、滅んだ。
皇宮はその場でただの皇宮に戻り、平野の真ん中の何もないところに突然生えている立派な宮殿という、意味不明な図ができあがった。
ベガートらヴァルカニア軍は、ただの建物に戻った皇宮から脱出し、ファフヌル平原方面へと走っていった。彼らを追う余裕はアリステアたちには存在しなかった。
アリステアが皇宮の様子を調べると、庭の一角にクラハッドの剣が突きたてられているのが見つかった。その周りの土は一度掘り返されて埋められたようである。
簡易なものではあるが、それは墓であった。
アリステアはその剣の前でしばらく立っていた。言葉を発することも涙を流すこともなく、ただ立ってその死を悼んだ。
「姫様」
アリステアの背後にレグルドがやってきて跪いた。
「貴殿たちのおかげでクラハッドの仇を取れた。礼を言うぞ」
「はっ。我々も同じ思いであります」
アリステアは頷いた。
「さて、このまま帝都に凱旋してもいいが、それでは兄上が困るだろうな。済まないがもう一走りして、兄上たちを連れてきてくれ。私たちは皇宮の中を整理しているから」
「はっ。今すぐ!」
レグルドは去っていった。
次に来たのはフレイである。フレイは空中を滑るように飛んでくると、音もなくその隣にあった。
「ねぇねぇアリー。あれ食べていい?」
その目線の先には皇宮の建物がある。
「……皇宮か?」
「うん」
「駄目に決まってるだろう。馬鹿かお前は!」
「えぇー! お腹すいたぁー!」
「駄目だ。絶対にダメだ。あそこにあるのは帝国の秘宝なんだぞ!」
「岩亀の核ならよくない?」
「む……それはあとで兄上に頼んでやる」
「約束だよ!」
食い気優先の神龍は引き下がった。危うく帝国の秘宝が根こそぎ失われるところだった。
こうして、帝都は奪還された。




