30 再び厄介な敵将
強風が煙を吹き飛ばし、急速に視界が晴れていった。
「なるほど、風の渦盾か」
皇宮岩亀が、煙を晴らすために秘宝を発動したのであった。
星の杖と神龍火砲の激突は、皇宮岩亀にも損害らしい損害は与えていないようだった。煙の中であてずっぽうで打った杭は、幸運なことに1本が皇宮岩亀の右前肩あたりに突き刺さっていた。
「索道杭を用意します」
空中からオラリオ男爵の声がした。
「あぁ」
すぐに神龍の肩にロープを繋げるための返し付きの細い杭が生えた。
皇宮岩亀の背で、光槍ブリュベレットが光った。
細い一本の光が砦を襲う。だが神龍の頭がそれをさえぎった。光は神龍の角に当たり、そこで爆発した。
「やるじゃないか、フレイ!」
「ふふん、いつでも好きになっていいよ!」
フレイの声だけが響いた。今日のフレイはやる気だ。
「このまま正面からぶつける。全員、衝撃に備えよ!」
とはオラリオ男爵である。アリステアはもう、そうした細かい動きはオラリオ男爵の判断に任せていた。アリステアが先頭で斬り込むことに集中するためだ。
神龍の巨体が地響きを上げながら皇宮岩亀に向かって突っ込んでいく。こちらの意図を察したのだろう、岩亀は姿勢を下げて衝撃に備えようとしていた。
激突。
すさまじい衝撃が砦を揺らした。
「索道杭、撃て!」
オラリオ男爵の命令でロープを繋げてある杭が放たれた。
杭は2本とも岩亀の背に突き刺さった。
岩亀は怪我をした右前脚で踏ん張れないのが響いたか、少し姿勢を崩していた。そこにがっつりと神龍ががっつりと肩を入れ、互いの巨体が組み合わさって押し合う形となった。
索道杭につながるロープが巻き取られ、張られた。山では上へと登らなければならなかったが、今度は下っていける。
「よし―――」
行くぞ、と乗り込みにかかろうとした瞬間、再び光槍ブリュベレットの光が煌めき、張られたロープを断ち斬った。
「もう一度打ち込みますか」
「あぁ、あちらも魔力が切れるまで繰り返してやろう」
アリステアがそう返した瞬間、皇宮の屋上から巨大弩の矢の雨が放たれた。
矢は砦の一番外側の城壁を超えて砦本体に突き刺さった。
そのバリスタの矢に太いロープがつながっていた。
「やつら、まさか」
アリステアが察した瞬間、皇宮岩亀が身じろぎしてロープがぴんと張った。ちょうど、先ほどアリステアたちが張ったロープと同じように。
すぐさまヴァルカニア兵がそのロープにぶら下がり、するすると神龍へと乗り移ろうとしてきた。
その先頭は、例の敵将ベガートであった。
こちらがやろうとしたことを逆にやられたのだ。
「迎え撃つぞ、有能な敵というのはこれだから!」
アリステアはヴァルカニア軍が乗り込んでくる場所めがけて走り出した。
「囲み封じよ!」
砦に降り立ってすぐ、ベガートはドローマの鎖を放り投げた。
たちまちベガートとその周囲にいた帝国兵7人が囲まれる。
「えっ!?」
敵の将軍が来たことに身構え、戦列を整えようとしていた兵が壁に阻まれた。
その動揺の隙をついて、ベガートのグレイブが唸りを上げた。
たちまち3人がその犠牲となった。
「く、くるな!」
突然猛獣のいる檻に放り込まれることになった帝国兵たちはパニックに陥った。
ベガートが残る帝国兵を斬り倒すまで、それから10秒もかからなかった。
ドローマの鎖の壁が散り、鎖が手元に戻っていく。そこへ続々とヴァルカニア兵が到着しベガートの周囲に集まってきた。
「さぁ暴れるぞ!」
「応!」
ヴァルカニア兵が意気を上げた。
数人で橋頭堡を確保したヴァルカニア軍は、その後も続々と兵を乗り移らせてきた。5人が10人になり、20人になる。
「ベガート将軍!!」
「来たな姫鬼!」
そこへアリステアが到着した。
ベガートが手で合図をしてヴァルカニア兵たちが彼から離れた。
アリステアは聖剣を抜いた。
まっすぐベガートに向かうアリステアに対し、グレイブが振り下ろされる。
聖剣が翻りグレイブの先端を断ち斬った。ベガートは刃を失ったグレイブをただの長い棒としてアリステアの胴めがけて突き込んできた。
アリステアは横に跳んでその棒を避けた。ベガートは棒を手元に引き戻さずアリステアを追って横へと振るった。
アリステアは聖剣で棒をさらに短く斬り払いつつ跳び退った。
アリステアとベガートが足を止め視線を交わした。
「囲み封じよ!」
ベガートはドローマの鎖を放り投げ、その光の壁で自身とアリステアだけの決闘空間を作り出した。
「一騎打ちが望みか、将軍」
大胆な手にアリステアは笑みを浮かべた。
「そうとも、姫鬼よ。付き合ってくれるだろうな?」
ベガートも笑っている。
ベガートは短くなってしまった棒を放り捨て、腰の剣を抜いた。短い剣だ。片手で剣を持ち、防御は左腕に着けた小盾で行おうという装備である。
聖剣を相手にするには頼りない装備にも見える。先日聖剣を見るなり逃亡を選んだ男とも思えない。何か隠した手があるのだろう、とアリステアは見当をつけた。
「私としては、姫鬼より姫薔薇の方が可憐で好みなのだが?」
「はは、可憐という感覚をお持ちだったとはね」
「ヴァルカニアの将軍は若い淑女の扱いを知らないと見える」
「ベッドの上でならそう扱って差し上げるが?」
「ははは。卿にその価値があるかな? まぁ、一騎打ちであれば私も望むところだ。行くぞ!」
アリステアは飛び掛かった。
もとより敵の罠に飛び込んで食い破ることを好む性格である。
振り下ろされる聖剣を、ベガートは横から剣を合わせ、軌道を変えて自身からそらした。
「さすがの聖剣も剣の平では物が斬れまい?」
「ご明察!」
アリステアは立て続けに剣を振るいかかった。
ベガートは1撃2撃を足捌きで避けると、手にした剣を振るいアリステアの胴を狙った。
聖剣がそれを受ける。平ではなく刃で受け、ベガートの剣をそのまま何の抵抗もなく断ち斬った。
「まったく!」
ベガートは剣を捨て右手を左の小盾の裏に突っ込んだ。取り出したのは棒、握れば両端が少しはみ出す程度の短い棒であった。
その棒から光があふれ、剣の形をとった。
ベガートはその剣でアリステアに斬りかかる。
アリステアが跳び退って避ければ、さらに踏み込んできて追撃。だがその攻撃は聖剣が受け止め、その刃が光の剣も難なく断ち切った。
しかし次の瞬間にはベガートの光剣は再び長さを取り戻していた。
「くっ」
アリステアは、今度は聖剣の平で攻撃を止めた。
「さすが、判断がお早い」
ベガートが剣を振りかぶる。その頭上で光の剣が斧に変わった。
振り下ろされる斧をアリステアは斬った。重さがある武器を受け止めることなど危険すぎる。
だが斬ってもすぐ元通りになるだけである。ベガートは斧を振り下ろした体の流れを利用して、動きを止めることなく攻撃を次々とつなげてきた。
「くそ、幻武の石か!」
アリステアはその秘宝の名を呼び毒づいた。
武器を聖剣で斬られてしまうなら、何度斬られても使い続けることができる武器を持てばいい。これがベガートの聖剣対策であった。




