29 決戦の始まり
アリステアは、不思議な空間にいた。
半球形の部屋である。その内側の全周は壁などないかのように外の光景が映し出されていた。中央に小さな丸い石板状の床があり、そこだけが景色を映し出していなかった。
「戦闘指揮所でございます、マスター」
鷹梟大佐が空中に浮かんでいる光の棒に乗っていた。
「神龍から見える外の景色、そして神龍空間内のあらゆる場所がここから確認可能です」
「なるほどな」
アリステアは正面の一点を見据えた。
そこに、白龍宮と呼ばれた皇宮がそのまま化け物になったかのような、皇宮岩亀がいた。
「大佐、俺が説明したかったのに取るなよ」
フレイは、アリステアの横で胡坐をかいて座っていた。
「マスターがこの空間の存在自体ご存じないようでしたので」
鷹梟大佐に指摘され、フレイはちょっとすねて口を尖らせた。
「細かいことなんてどうでもいいんだよ」
「ですので、細かいことを担当する自分がおります」
「タイサ殿、これは見るだけなのか?」
「内側と、外側の狭いエリア、背の砦くらいでしたら声を届け会話することも可能です」
「すごいな……」
アリステアは心から称賛した。
「ここにいれば、伝令なしで状況が分かり、命令が伝えられるということじゃないか!」
軍事的な用法、利点にすぐに目が行く。これが脳軍の感想というものである。
「その通りであります」
「こんな場所があったならもっと早く教えてくれれば……」
「申し訳ありません。フレイガルドはポンコツなので忘れていたのです、マスター。自分はマスターが知っているものと誤信しておりました」
「……すまんがもう一人、オラリオ男爵をここに呼んでくれるか」
「イエスマム」
鷹梟大佐がそう応えると、アリステアの正面にオラリオ男爵が突然姿を現した。オラリオ男爵は神龍空間内で兵を整列させアリステアを待っていたはずであった。
「で、殿下?! こ、ここは一体!?」
予告もなく突然転移させられて、オラリオ男爵は困惑していた。
「驚かせてすまないな。ここはな―――」
アリステアは先ほど受けた説明をオラリオ男爵にも共有した。
「なんと。それは部隊を指揮する上でかなりの利点がありますね。なんと恐るべき物か……」
「男爵、貴殿、秘密は守れるな?」
「……殿下の仰せとあらば、我が名誉と命に懸けて」
「これまで敵から奪った岩亀としてきたが、これは我ら帝国の守護神、建国帝を導いた神龍にして原初の城塞龍フレイガルドだ。本来ヴァルカニアの岩亀なんぞと同列のものではない」
アリステアは秘密を明かした。もとより、神龍騎士団の中にも知っている者がかなりいる秘密であるが、諸侯の中で知ったのはおそらく彼が初めてになるだろう。
「神龍、様……」
オラリオ男爵はその驚きを静かに咀嚼した。
「そうですか。その神龍様がなぜアリステア様に従っているのかは、今は置いておきましょう。それを明かしていただいたこと、信認の表れと受け取らせていただきます」
オラリオ男爵が片膝をついて頭を下げた。
「うん。私がここを離れねばならないこともあるだろう、その時は貴殿にいろいろとやってもらうからな」
「はい。お任せください」
「よし、では戦おうか」
アリステアは視線を皇宮岩亀に戻した。
少しずつ互いの距離が縮まってきている。
切り札は神龍の火砲。鷹梟大佐に確認したところ、最大出力で1発は撃てるとのことであった。
「敵城塞龍の内包魔力量は現状の神龍の倍と測定しました。魔力効率はこちらの方が上と仮定しておりますので、数字ほどの差ではないと評価いたします」
鷹梟大佐が皇宮岩亀を見てそう評した。
「分かるのか」
「はい。神龍の外部観測器官が取得した情報を参照しております。む、魔力の動きが生じました。何かしてきます」
鷹梟大佐の言葉通り、皇宮岩亀の背に光が集まり、長い杖の形をとった。
「あれは、魔砲星の杖だな。人が使ってさえ城門を砕く破壊力特化の秘宝だ」
その形からすぐにアリステアが看破した。その秘宝を岩亀サイズに拡張して放てばどれほどの破壊力になるか、想像もつかない。
「フレイ、こちらも火砲だ。最大出力!」
星の杖には、神龍火砲を。アリステアの決断は早い。たとえその切り札が一枚だろうと切れる時に切る。
「わかったよ、アリー」
神龍の口に火がともった。火は次第に光と変わり、その内部にすさまじいエネルギーが凝縮されていることが一目でわかった。
皇宮岩亀の背の杖が、円形の魔法陣を積み重ねて砲身を形成した。バチバチと魔法陣の間を雷光が駆け巡り、立ちふさがる物を焼き尽くすエネルギーを収束させていった。
「敵の臨界時点を予測しました。あと5秒」
鷹梟大佐の冷静な観察が状況を教えてくれる。
「神龍火砲、射撃準備完了」
「撃て」
「発射!」
鷹梟大佐が右翼を広げて号令すると、神龍が青白い火球を放った。一瞬遅れて、星の杖がその収束を終え、光が一本の太い柱となって神龍めがけて伸びていった。
火球と光柱は両者のちょうど中間で激突し、炸裂した。
光が世界を染め上げた。膨大なエネルギーが光としてまき散らされ、あらゆるものを焼き尽くした後、衝撃波が追い打ちしてすべてを薙ぎ払った。その衝撃波が神龍の背の砦の城壁の一部を崩したのを見て、アリステアは兵を誰も外に出していなかったことに安堵した。
皇宮岩亀がどうなったか、もうもうと立ち込める煙で確認できない。だがこちらが無事なのだ、それならば、煙が晴れて目視できるようになるのを待つべきではない。
「杭打ち砲、用意でき次第撃て」
アリステアは命じた。追い打ちである。
「はっ」
神龍の両肩が開き、太い杭が突き出した。山岳でリフトを繋ぐために打ったものとは違う、攻撃のための杭である。
どん、と2本の杭が放たれ、煙の中へと消えていった。効果のほどは不明である。
「よし、突っ込め」
「おうさ!」
フレイが威勢よく応えて、神龍が前進を始めた。
「杭はどんどん打ち込め!」
攻勢あるのみ。アリステアは次々と命令を下していった。
「近接戦闘用意!」
その命令が下され、兵士たちは神龍空間から砦に出て、あらかじめ決められた配置へとついた。
砲撃回数に制限がある以上、兵を皇宮岩亀に乗り移らせて制圧することが基本プランであった。
乗り移る斬り込み隊を率いるのは当然アリステアであった。
アリステアは戦闘指揮所から出て、外の城壁で兵士たちと合流した。
一向に晴れない煙の中を神龍が突き進んでいく。
突然、風が吹いた。




