24 厄介な敵将
日が落ちてからもアリステアは山の中層に残り、そこで軍議を開いた。
「秘宝ドローマの鎖、厄介ですね」
今日あったことが共有され、オラリオ男爵がつぶやいた。
「あぁ。ルークも危ないところだった。あれをうまく使われると、高級指揮官が簡単に落ちる」
「となると、明日は全方面で攻勢を仕掛けることは得策ではないかもしれませんね」
「殿下頼みの一点突破しかできませんか。嫌な感じですね」
「そうだな。普通に考えればこちらの手がそうなることは相手も気づいているだろう、対策は万全に取られてしまう」
それが最も厄介なことだった。予想された通りに攻めれば、大きな犠牲を払うことになる。
「では、どうしましょうか」
「だからこそ全面攻勢に出る」
アリステアは大胆な案を口にした。
「ドローマの鎖の囲う範囲は固定でさほど広くはない。必ず精兵を身近に置き、鎖に囲われても同数なら負けぬ環境を整えておく。加えて、敵将を接近させないことも予防として有効だ」
「なるほど。数少ない精鋭を自由に使えないのは困りますが、それでいきましょう」
「あぁ。今夜は不寝番を増やして夜襲を警戒しておく。明日こそ敵将を討ち取るぞ」
「はっ!」
方針は決まった。
アリステアはその晩はそのまま山で一夜を過ごした。
翌朝、上に陣取っていた敵陣を見ると、旗だけを残して敵軍がいなくなっていた。
アリステアが急いで山頂に登ると、ヴァルカニア軍は今いる街道の右側の山だけでなく左側の山からも撤退し、奥の山の上に集結していた。
「ハウル・ベガートが慎重だなどという愚評をした節穴は誰だ! どう見ても大胆不敵なタイプじゃないか!?」
アリステアは空に叫んだ。
「臆病だから、退路を持っていないと冒険できないのさ。あんな近くまで寄られた山になんて居座ってられるかよ」
同じころ、奥の山への移動を終えたベガートは、幕舎の中でアリステアの叫びが聞こえたかのように言い捨てていた。
「もっともこの山を越えた先には城塞龍の素通りを止められるような山はない。ここが最後の陣地だな」
「帝国軍の新兵器戦術さえなければもう1日は稼げたはずなのですが……」
将軍の部下は不満げであるが、ベガートは晴れ晴れとしていた。
「帝国の姫将軍が優秀なことを確認できた。十分だ。兵たちが姫鬼と呼んだそうじゃないか。あれは生まれてきた性別を間違えているタイプだな。美人ではあったが」
「将軍……ああいうのが好みで?」
「俺が好きなのはおっぱいが大きい子だ」
「もし姫鬼のも大きかったら?」
「……」
「答えに詰まらんでくださいよ」
幕舎の中で笑い声が巻き起こった。
「ま、今日を含めてあと3日もたせたかったが、場合によっては明日撤退だな。それなりに時間は稼げただろう」
「はい」
「俺たちが稼いだこの間に、本隊もちゃんと仕事をしていることを祈ろうじゃないか」
ベガートは笑顔を見せた。
ヴァルカニア軍が引きこもった最後の山をしばらく見据えていたアリステアは、全軍に命令を下した。
「進撃」
帝国軍は山を降り、街道沿いに進軍して最後の山へと迫っていった。
歩兵を神龍に収容してから移動し、再展開したのでは無駄な時間がかかりすぎる。
兵士たちの顔は明るい。
もう一度下から攻め直すという意識ではなく、敵を撤退させたという成果に喜んでいるようだった。
「知ってるか、ヴァルカニア軍のやつら、姫殿下のことを姫鬼と呼んで怖がっているらしいぞ」
「なんだと、許せん」
その呼び方に憤慨したのは、ひたすら走る地獄の訓練中にアリステアに声をかけられた兵であった。
「あの優しいお方のどこが鬼なんだ。俺たちでふさわしい呼び方を考えてやろう」
彼らは行軍しながら相談を重ね、ついにある呼び方を編み出した。
「姫薔薇、でどうだ」
「ほう」
「美しく、高貴で、愛を感じさせ、鋭さもある。どうだ!」
「それだ」
こうして、アリステアのあずかり知らぬところで呼び名が増えた。
その呼び名はアリステア隊の中で支持者を増やし休憩のたびに広まり、ついにルークの耳にまで届いた。
「姫薔薇? へぇ」
ルークは面白がって笑ったという。
隊列は、昼過ぎには山麓にたどり着き、そこで山を攻めるための隊列に組み直した。
「リフト杭を打ち込むのにちょうどいい場所はないな」
ヴァルカニアの陣の組み方を見て、アリステアはそう判断した。
おそらく昨夜ここに戻ってきてから修正したのだろうが、リフトで強襲されてもすぐに足を止めさせ援軍を叩き込めるように柵の配置が考えられている。リフト杭を打ち込むには岩場でなければ重さを支えられない。その欠点がもう見抜かれている。
「それでは?」
オラリオ男爵の省略された質問に、アリステアは頷いた。
「強攻あるのみ」
「はっ」
下からひたすら押す。正攻法であった。
「諸君!」
攻撃の命令を受けて、騎上のルークは槍を天に掲げた。
「昨日までの戦いを見て私は確信した! 諸君らは強い! 行くぞ! そして、我らが姫薔薇に勝利を捧げるのだ!」
応、と地響きのように兵たちの返事が轟いた。
ラッパが吹き鳴らされる。突撃命令だ。
「我らの姫薔薇に勝利を!」
「帝国の姫薔薇万歳!」
ルーク隊は先頭を争うようにヴァルカニア軍陣地へと殺到していった。
「姫鬼」と「姫薔薇」という、後世にアリステアを代表する異名として伝わるこの2つは、こうしてほぼ同時に生まれたのであった。




