23 帝国の秘宝
ベガート率いる反撃部隊はわずか50名。
多くはない。
しかし、ルークの部隊はリフトとリフトを繋ぐ線を守るため、薄く広がっていた。それに加えて、レイナ隊半数を指揮下に入れたことによる配置調整を始めた矢先の反撃である。
守りが弱くなるその一瞬を狙いすまされた。
「かかれぇー!」
騎乗したベガートがグレイブで帝国兵を薙ぎ払いながら突撃してくる。その背後を50騎が続き、道を切り開いてくる。
新兵集団に止められるはずがなかった。
「馬はずるいだろ!」
ルークは思わず叫んだ。リフトでは馬が運べない。ルークたちは全員徒歩なのである。
「盾兵は壁を、槍兵はその後ろから槍を構えて突き出せ!」
ルークは周囲の兵に命じて守りの体勢を固めた。
ベガートはルークめがけて突っ込んできている。
ルーク自身は自らの槍を持って堂々と立ち、突進してくる騎馬の集団を見据えた。
「恐れるな! 馬は槍で止まる!」
ちらり、とルークが脇を見ると、背に投げ槍を入れた筒を背負っている兵がいた。
「1本くれ」
ルークはその背からジャベリンを1本抜き取り、構えた。
「ふんっ」
ベガートたちが歩兵の防壁に突っ込もうとした瞬間を見計らい、ルークはそれを投げた。
狙いはベガートではなく次列の騎兵の馬だ。
「あっ!」
ジャベリンは狙い過たず馬に刺さり、馬が棒立ちになった。騎馬の列が乱れた。
ベガートはそれを見て、やりおる、と賞賛するかのように口の端を吊り上げた。
ベガートの馬が槍衾を見極めてその隙間に入り込み、ベガートのグレイブが歩兵の盾に叩きつけられた。
あまりの衝撃に盾の列が崩れた。ベガートが戦列を抜けた。
じゃら。
ベガートが腰に下げていた鎖の束を取って、頭上高く投げ上げた。
「囲み封じよ!」
鎖は音を立てながら空中で広がり、大きな円を描いた。鎖が輝き、光の壁が生じた。
ルークとベガートは、周囲にいた兵と共にその壁の内側に囲われた。
「さて、貴殿は名のある騎士とお見受けしたが?」
ベガートは馬を止めルークに尋ねた。
壁の外側では援護に来ようとした兵が壁に弾かれて入れないようで、手や剣で叩いていた。壁はびくともしない。
内側からも同様であるようだった。
入れず、出られない。
あの鎖が原因であろう。不可思議な壁に囚われたことを察したルークは、槍を構えた。
「いかにも。フレイガルド帝国は近衛、神龍騎士団千人長、騎士ルーク・フェルナンドルだ。ヴァルカニアの将軍よ」
「ハウル・ベガートという。さて、死合おうか」
ベガートはグレイブを構えた。
壁の中には帝国軍歩兵5名、ヴァルカニア軍騎兵3名が入っている。敵が騎乗していることを考えると、ルークが不利だろうか。
(やっばい。姫様助けて)
ルークは心の中で悲鳴を上げたが、あえて余裕があるように笑って見せた。
「将軍ともあろう者が、わざわざ討たれにくるとはね」
「姫様。ルークが」
ただ前を見て突っ込んでいたアリステアは、レイナのその言葉にようやく振り返った。
ルークがいたあたりの空中に円を描く鎖が浮かんでいて、そこから光の壁が降りてその中を隔離しているように見えた。
「ドローマの鎖か……」
アリステアは呻いた。
「帝国の秘宝の一つだ。帝都が落ちたのだから奴らがそれを手に入れたのも道理だが、使い方まで突き止められたとは」
アリステアはレイナに簡潔に説明し、今切り開いていた敵陣と、ルークを交互に見比べた。
「レイナ、ここは頼む」
「はっ!」
言うや否や、アリステアは鎖の壁に向かって走り出した。
壁の中ではすでに戦いが始まっていた。だが帝国兵は壁に閉じ込められたことに動揺していた。すぐに1人がやられ、もう一人も騎兵に槍を突き刺され重傷を負ったようだ。
ルークはベガートと打ち合っている。
ルークはベガート本人ではなく馬を狙い、ベガートは馬を歩かせつつルークの槍をグレイブで防ぎ、時折ルークに反撃を加える。
その戦いは拮抗しているが、他のヴァルカニア騎兵が帝国歩兵を片付け終わったら危ういことになるだろう。
「道を開けろ!」
アリステアの声に帝国兵が道を開ける。
何かを察したのか、壁の外にいるヴァルカニアの騎兵がアリステアを止めようと動き始めた。
ひゅん。
目の前に躍り出てきた騎兵の馬を一撃で斬った。
アリステアの足は止まらない。
もう少しで鎖の壁にたどり着く。
壁の中はもうルーク1人になっていた。ルークが振り下ろされたグレイブを槍で受け止め、その足が一瞬止まった。
そこへヴァルカニア騎兵が両側からルークに殺到し槍を突き出した。
くるり。
ルークが自身を押し切ろうとするグレイブの圧を利用して、舞うように空中で身をひるがえし、2本の槍を避けた。
曲芸のようであった。これが戦場でなければ拍手がもらえただろう。
そしてその一瞬のおかげでアリステアが間に合った。
アリステアの聖剣がその壁を斬り裂いた。
パキン、と鋭い音がして光の壁が砕け散った。
「何だと!?」
ベガートが驚いている。
アリステアは壁が破られることを全く想定していなかったヴァルカニア騎兵の背に斬りかかり、胴を断ち斬った。
「ルーク、無事だな!?」
「姫女神様!」
「変な呼び方をするな!」
ルークはその隙に槍でもう一人のヴァルカニア騎兵の喉を貫いていた。
ベガートはすでにルークから距離を取っていた。
その手に先ほどまで空中にあった鎖が戻ってきている。
「部下が世話になったな、将軍」
アリステアはベガートに向き直り剣を構えた。
「その剣。帝国の秘宝にはあらゆるものを切り裂く魔剣があると噂があったが」
「聖剣だ、失礼な奴だな」
ベガートはふ、と笑った。
「そのような恐ろしいものとは戦えぬ。さらば!」
ベガートは馬首を巡らせて撤退していった。散らばって戦っていたその部下の騎兵たちも彼に倣う。
歩兵の足では追えない。
アリステアはベガートを見送った。彼は上へ戻るのではなく、下、切り離されたヴァルカニア軍の陣地へと向かっていった。
「見事な引き際だ。手ごわいな」
「恐ろしい敵でしたよ」
「ルーク、お前が討ち取っていればこれ以上苦労しなくてよくなっていたのに」
「姫様に取っておいてあげたんじゃないですか。逃がさないでくださいよ」
アリステアとルークは軽口をたたきあった。
この日の戦果はそれ以上広げることはできなかった。下へと撤退したベガートは、取り残されていたヴァルカニア兵を指揮し、下から追われながら上へ進撃するという離れ業をやってのけたのである。上位指揮官不在で迷走していた下層部隊が、ベガートの指揮で統一された動きがとれるようになってしまったのだ。
アリステアたちは薄く引き伸ばされた分断線ではそれを押しとどめることができず、相当な数を上へと登らせることを許してしまった。
結果として、アリステアたちは山の中層までを制圧することはできたが、敵兵の損失は計画よりも少なく抑えられてしまった。




