21 実戦投入
翌日、イゼルは神龍の城壁の上に出ていた。
傍らに大きな歯車がいくつも組み合わされた木製の機械が据え付けられている。これがイゼルの用意したリフトであった。
すでに神龍空間内でテストは終えている。
イゼルは機械の組み合わせや結び目、接続部を一つずつ調べていた。
「もう何度目だ、イゼル。そろそろいいのではないか?」
機械を止まり木にして、鷹梟大佐がイゼルの様子を見守っている。
「ふ、不安で……」
「テストも繰り返した。ここへの設置も慎重に慎重を重ね遂行された。不安要素はない。自分を信じろ」
「ででででも」
煮え切らないイゼルに、鷹梟大佐はため息をついた。
「男爵閣下!」
そこへ、イゼルの手伝いをしていた兵が機械へ向かって歩いてくるオラリオ男爵を見つけ直立不動の姿勢を取った。
「え? ち、ちちちちち父上!?」
イゼルも跳び上がって驚き、反射的に直立不動になった。
オラリオ男爵はイゼルめがけて歩いてきて、機械に一度目を向け、またイゼルへと目を戻した。
「イゼル」
「ははははい」
イゼルはオラリオ男爵から目をそらして少しうつむいた。
オラリオ男爵はしばらく何事か考えていた。迷っているようでもあった。
そして、イゼルの肩をポンと叩いた。
「頑張っているな」
それだけ言い残してオラリオ男爵は去っていった。
「……はい」
取り残されたイゼルがポツリと返事をした。
アリステア軍は半分の兵を地表に下ろした後、神龍を前に出した。
「巨大弩用意!」
ヴァルカニア軍は城塞龍による強攻策に備えてバリスタをセットし、射撃準備を整えた。
射程に入ってくれば、一斉射撃を行う心づもりである。
城塞龍の火球対策も考えられている。
「下層陣地を放棄、急げー!」
下の方に配置されていた兵たちが急いで山の裏手に回ったり、上へと駆け登っていく。
下層の陣地は、城塞龍が放つ火球の格好の餌食になるためである。
中層以上の陣地は、城塞龍の首の高さからでは、山自体が壁になって火球を防げるように設置されている。先んじて城塞龍を運用してきたヴァルカニア軍ならばこその対策であった。
その動きは、神龍の砦上のアリステアも掴んでいた。
「火球対策か。さすがだな」
強敵に対し賞賛は惜しまない。
「もっともそれを撃つ気はないんだがね」
皮肉げに笑う。それを知らない敵軍にとってはご苦労なことだ。
「今からでも敵に教えてやったら、戻りますかね」
オラリオ男爵が珍しく冗談を言った。
「面白そうだな。矢文でも打ち込んでやるか」
「ははは」
2人で声を上げて笑った。
「火、撃とうか?」
空気を読めないのはフレイである。今日は神龍にもやって貰うことがあるために、アリステアの横に出てきて貰っていた。
「いいや、対価を払って撃つほどのメリットはない」
撃てばせっかく広がった神龍空間が小さくなる。それは将来に対するデメリットが大きすぎる。あの一撃はもっと重要な場面で使わなければならない。
「そろそろ止まってくれ」
アリステアは神龍の足を止めさせた。これ以上近づくとバリスタが届く可能性があった。
アリステアはリフト機械を準備しているイゼルへと目を向けた。
イゼルは機械の横に立って敵を見つめていた。
(準備はできているようだな)
アリステアはそう判断した。
「フレイ、杭射撃準備だ」
「あいあいまむ!」
フレイが景気よく応えると、神龍の右肩が割れて、その中から長い杭がせり出してきた。
細い杭であった。その表面には鏃の返しのような棘があちこちに生えていた。一度刺されば簡単には抜けないようになっていることが見て取れた。
近くに足場を組んで待機していた兵たちがその杭の先端にロープをかけた。杭の途中にある出っ張りでロープが止まり、その先に滑車がひとつぶら下がっていた。
準備完了を知らせる旗が振られた。
「アリー、狙いは?」
「あそこだ」
アリステアは鞘に入れたままの剣で山の一点を指した。
「うん、わかったよ」
「リフト杭、撃―!!」
アリステアの命令が下り、神龍が杭を射出した。
杭はアリステアが指示した箇所めがけて飛んでいき、岩肌に深く突き刺さった。
杭にかけられたロープの滑車からイゼルのいる機械のところまで2本のロープがつながっていた。
「回せー!」
機械が動き始めた。
元々神龍内でしか使えなかった歯車であるが、その解決策は意外と簡単な所にあった。
外では魔法兵が魔力を注ぎ込んでやれば十分に動いたのである。
機械は今、5人の魔法兵に魔力を供給され歯車を動かしていた。
歯車が回転を始め、最も大きい歯車がぐるぐると回り出すと、先ほどのロープの一端を巻き取り始め、その反対側につなげられた極太のロープと細いロープの2本が、杭をめがけてするすると伸びていった。
2本のロープは杭側の滑車を通り、折り返して再び神龍の元に戻ってきた。往復したロープが、多少のたるみはありつつもまっすぐ神龍と杭の間を結んだ。
「リフト台、取り付け!」
その極太ロープに、4本のロープで支える台がぶら下げられた。
その準備が進められているうちに、アリステアはその台のところまで移動した。軍議で表明したとおり、最初に乗るのはアリステアだ。
「アリステア様……」
レイナが心配そうな顔をしている。
「先に行っているぞ」
アリステアは、第1陣に選ばれた兵10人と共にその台に乗った。
「イゼル、出せ!」
「アリステア様、ご武運を!」
イゼルがレバーを動かしてスイッチを入れた。
今度はリフト台に付けられたロープが巻き取られていき、リフト台を打ち込まれた杭の方へと運んでいった。
「魔法兵は結界展開、盾兵は構えろ!」
台の上でアリステアは命じた。
1人の魔法兵が矢に対する防御結界を展開し、山に向かう最前列の兵が大きな盾を構えた。
アリステアたちめがけてヴァルカニア軍の弓矢が集中した。
結界が矢を弾き、何本かは中への侵入を許したものの、その勢いは弱まっていて盾や兵士の鎧で弾くことできた。
山にたどり着くまでに魔法兵の魔力が空になっても構わない、そんな出力の結界展開であった。
兵を1人も損なうことなく、リフトは杭の元までたどり着いた。
その真下にはヴァルカニア軍が陣取っている。高さ3メートル、微妙に槍も届かない。
「ゆくぞ!!」
アリステアは真っ先にリフト台から飛び降りた。空中で剣を抜き、落下の勢いのままそこにいた兵士を斬った。
アリステアの剣が、受け止めようとした兵士の剣もろとも、肩から足元まで一直線に両断した。
「帝国第1皇女、アリステア・フレイガルド、参る!」
アリステアは名乗りを上げつつ2人目を斬った。リフト台まで3メートル、もちろん跳び上がっても届かず、アリステアに退路はない。そこは最初から死地であった。
「い、一番槍やる皇女だとぉ!?」
ヴァルカニア軍の誰かが驚愕の声を上げた。
その瞬間にはもう3人目が斬られていた。
「殿下に続けぇー!」
そこにリフト台から続々と兵士たちが飛び降りてきた。




