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19 山岳戦始まる

 山々の影から、ぬっとそれが顔を出した。

 頭に角のある帝国の城塞龍の頭部だ。

 山頂に陣取り迎え撃つ準備を進めていたヴァルカニア兵たちに一気に緊張が走った。


「将軍、来ました!」

「そうだな」


 将軍と呼ばれた男は、まだ30にも届かぬ若さでありながら、一際立派な鎧を着けていた。短く切った濃い茶褐色の髪と、鋭い薄紫色の目。その男だけは、悠然とそれを見つめていた。


「皇太子捕縛に向かった部隊を焼き払い、我らの城塞龍を打ち破った帝国の城塞龍、か。華々しいものだ」


 彼の脇に控える副将がゴクリとつばを飲み込んだ。


「そう緊張するな。俺たちの戦いはアレを撃破することではない」

「わ、わかっております」

「5日持たせるぞ。それ以上は別ルートで帝都に向かっている皇太子軍に退路を塞がれる。まぁ、ついでに敵将の首くらいは狙ってみようか」


 将軍はそう笑うと、腰に下げた鎖の束を一叩きした。


「それが、例の……」

「帝国が神話の時代から抱え込んできた秘宝の一つだ。実戦お披露目と行こうじゃないか?」

「そうですね。目に物見せてやりましょう!」


 ヴァルカニア軍は神龍の威容を前にしても混乱することなく、戦いの準備を整えようとしていた。




 アリステアもまた、神龍の背の砦の上に立ち、ヴァルカニア軍が陣取っている山を見ていた。

 街道の両側に切り立った高い山があり、神龍はその間を通って行くことになる。その先にはもう一つ山があり、神龍の正面を牽制できる配置だ。

 無策で入り込めば3方向からの攻撃を受けることになる。山は3つとも神龍の背の3倍ほどの高さがあり、用意があればこちらに乗り移ってくることもできそうだった。


「殿下の予想通りでしたね」


 敵軍発見の報を受けて、オラリオ男爵が砦から出てきてアリステアに並んだ。


「こいつの大きさと地図を見たら、まぁあの場所になるさ」


 アリステアはたいしたことではない、という表情である。


「兵の方は、最低限は形になると思います。あとは実戦でどうかです」


 オラリオ男爵はアリステアに賞賛の言葉を投げたりせず、実務の話を始めた。


「新兵、か」


 これまでアリステアに付けられた兵は全員が精鋭といっていい兵士たちだった。新兵を率いるのは未知の領域である。

 ここに来るまでに何人かに新兵指揮の経験談を聞き、多少は知識を入れた。アリステアにしても実戦でどうか、というところであった。


「戦闘は明日からでしょうが、今日のうちから砦に出して敵を見せておきたいと思います」

「ほう?」

「ここまであの異空間で訓練を続けたため、兵たちに戦闘の心構えができていません。ここらで敵を見せて緊張させておきたいと」

「なるほど、道理だ。そのようにしてくれ」

「そう仰ると思い準備は済ませております」

「素晴らしい」


 堅実に仕事のできる男である。この堅実さが娘と合わない原因であろう。


「旗が見えた。敵はハウル・ベガート将軍。若いが慎重で守勢を得意とする武将という情報があったと思う」

「得意な場所に陣取られてしまいましたね」

「そうだな。ま、我々は我々にできることをしようか」

「はい。では早速」


 そう言い残してオラリオ男爵は砦内に戻っていった。


 その夜、アリステアは軍議を開いた。

 参加者は、アリステア、オラリオ男爵ら諸侯のほか千人長4名、そしてイゼルであった。イゼルはガチガチに固まっていた。軍議に参加することは初めてで、しかも苦手な父親もいるためだ。


「初日は攻める」


 開口一番、オラリオ男爵は断言した。

 作戦の概要については既にアリステアと打ち合わせ済みである。


「我らが攻め込んでいる側というのもあるが、我らの部隊は新兵揃い、受動的な戦いでは崩れやすい。まず攻めて戦場というものをたたき込む必要がある」


 これにはイゼル以外の全員が頷いて同意を示した。


「その意図の下、初日はこの岩亀から兵を降ろし、地上から敵が陣取る山を攻めていく。だが見て分かるとおり、敵の守りは堅牢で打ち破ることは困難だ。初日は無理な攻めはせず兵たちに経験を積ませるものとする」


 これにも反対する者はいない。


「そこで2日目は、新たに開発された兵器、リフトなるものを使い、この砦から直接敵陣のまっただ中に乗り込んでゆくことにする」


 新兵器、その言葉に何人かがそういえばと思い出した顔をした。


「訓練中通りがかった山で何かやっているのを見ましたが、もしやあれですか?」

「それだ」


 それこそ農具牽引機試作マーク3の成功を見たアリステアがイゼルに製作を頼んでいたものであった。


「不肖の我が娘が開発に関与したものだが、使える物に仕上がっていることは確認している。そうだなイゼル?」

「は、はい」


 ガチガチの返答に場に不安な空気が広がった。


「私も見た」


 アリステアの一言がその空気を打ち払った。


「十分実戦に耐えうる物だと判断している。それゆえ、私が第1陣でゆく」

「アリステア様!?」


 悲鳴を上げたのはアリステアの影、護衛騎士レイナである。


「見たことのない新兵器だ。不安があっては兵も戦えない。私が先陣を切ることで信頼を示すべきだ」

「いくらアリステア様でも、それはなりません!」

「やる。私はイゼルの作品を信じている」


 アリステアは頑として譲らない。こうなればアリステアは絶対に意見を翻さないだろう。レイナはため息をついて諦めた。


「では2番手は私です。いいですね?」


 それが譲れる線である。レイナもこの指揮官不足の状況でアリステアにべったりというわけにもいかず、アリステアと別で部隊を持たされていた。


「ではそのように」


 オラリオ男爵が議論を締めた。


「3日目以降の作戦については、2日目の状況を見て決めていく。では初日の細かな分担から話し合っていこうか」


 軍議の話題は次第に細部へと移っていき、配置や攻めるルートについて意見が飛び交い始めた。

 イゼルの出席は2日目の兵器の話があったからこそだった。細かい話になってイゼルは退出を許された。


 ふらふらと神龍都市の自宅へと向かっていく。

 帰宅し、ドアを閉めると、イゼルはその場にへたり込んだ。


「私はイゼルの作品を信じている……」


 アリステアに言われた言葉が蘇る。

 イゼルは、イゼルにしては珍しく、静かに涙を流した。


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