17 帝都へ向けて出発
帝都奪還作戦の準備は粛々と進んでいた。
新たに募兵できた兵は1万1千。予想より少し上振れたことになる。その3分の2は戦闘経験のない新兵であり、残りは多少なりとも経験がある兵であった。
「帝国はまだ捨てられていないようだ」
エルアクスの感想はそのようなものであった。
民衆が帝国に絶望していれば兵は集まらなかったであろう。それゆえエルアクスはそう解釈した。
エルアクスはその兵たちを自身の直轄部隊とアリステアに分けた。
アリステアに割り当てられたのはそのうちの4千である。
その4千名は、ディアタイザの郊外に集められ、巨大な神龍を見上げることになった。
「で、でかい」
「あれに乗るんだってよ」
「まじかよ……」
新兵たちは口々にそう囁きあっていた。
「姫殿下、我ら一同、ただいまより指揮下に入らせていただきます!」
4千名を連れてきたのは、神龍騎士団の騎士であった。
兵だけが4千人いても軍隊は動かない。そのため指揮官役は、神龍騎士団や一部諸侯の部隊から出してもらうこととなった。
この4千名に加え、一部諸侯の部隊5百名を加えた総勢4千5百名がアリステアの指揮すべき部隊だった。
彼らの後ろには、荷馬車の列もあった。アリステアが「ヴァルカニアの岩亀を奪った」という戦果を得たために、一部の商人が後払いでの物資提供を受け入れたのである。
「諸君!」
拡声の魔法で拡大されたアリステアの声が響き渡り、兵士たちのざわめきを吹き飛ばした。
「よく来てくれた! 私の後ろにいるのが、諸君らが乗ることになる移動城塞である! 私に絶対服従しているから、安心してほしい! これから諸君らには、この城塞の中で訓練を受けつつ戦場へ向かってもらう!」
アリステアは端的に挨拶を済ませると、馬を歩かせ、神龍へと向かった。
神龍への乗り込みは、尻尾から行う。地面に伏せられた太い尻尾の上がちょうど道として使えるように平らになっており、そこから登ることができるのである。
「ルーク隊、進めー!」
指揮官の号令の下、兵士たちがアリステアの後を追って尻尾に乗り、背中の砦を目指して登っていく。
背後から聞こえる無駄話に、アリステアは小さくため息をついた。
ずぶの新兵だ。
戦場に着くまでに、彼らを一人前の新兵に育てなければならない。
(行軍中も訓練させられるのは本当にありがたいな)
彼ら自身の足で歩いて行軍していたら、訓練どころではなかっただろう。そうなれば、とりあえず戦場にぶちこむ、という乱暴な育成法しかできなかった。
神龍を使えないエルアクスの側はアリステア以上に大変だろう。エルアクス側での新兵を扱うのはクラハッドの仕事になる。クラハッドの愚痴が今にも聞こえてきそうな気さえした。
アリステアが神龍都市に戻ると、すぐに来客があった。
オラリオ男爵である。
「オラリオ男爵、よく来てくれた。卿の助けを得られて心強く思う。新兵訓練についての相談だな?」
「ご慧眼恐れ入ります」
「私は軍事にしか興味のない変わり者の姫でな、物言いは率直にしていい」
「はっ。我々はクルウエド山道を通って帝都へと向かう予定と聞いております。別ルートを進む皇太子殿下の部隊との合流予定日までおよそ15日、そこで13日程度で一通りの訓練を終えたいと考えております」
しっかりと自身の案を考えてきている。訓練期間を合流予定日より少し短くしているあたりも、よく考えていると言えた。
だがアリステアはその案に静かに首を振った。
「10日だ」
「10日ですか。その理由は?」
「クルウエド山道の出口近くに、実に待ち構えやすそうな場所があるのだ。両側と正面を高い山に挟まれた、な」
「なるほど、敵がそこに陣を構える可能性をお考えですか」
「可能性はあると考えている」
「わかりました、10日でできる限りいたしましょう。なにか訓練メニューで入れておくべきことなどはありますか?」
「私は新兵の訓練の仕方についてはあまり詳しくないのだが、聞いた話ではまずひたすら走らせるそうだな?」
「はい。倒れても倒れても起こして走らせ、本当に立ち上がれなくなるまで走らせます。兵士に必要なのはまず体力です」
「それでいい。山道での戦いがある可能性を考えて、何度か山を駆け登らせてやってはどうかな」
神龍内空間には、さほど高さはないとはいえ山もあった。何度か駆け登らせればいい経験になるだろう。
「良い考えかと。後ほど各日の訓練内容を考案して持ってまいります」
頼りになりそうだ。アリステアはそう思って深くうなずいた。
「ところで殿下、一つお伺いしてもいいでしょうか?」
「なんだ?」
「わが娘は、ご迷惑をおかけしていないでしょうか?」
オラリオ男爵が突然娘を心配する顔になっていて、アリステアは思わず笑った。
「もちろんだ。今も彼女にしかできない仕事を頼んでいる」
オラリオ男爵は露骨にほっとしていた。
「そうでしたか。私としては早く結婚してほしいのですが」
「貴殿としてはそうだろうな」
アリステアはオラリオ男爵の考えに理解を示すにとどめた。彼の考えは貴族として真っ当だが、父娘の志向が違いすぎる。
その後オラリオ男爵が持ってきた訓練プランについて、アリステアはそのまま承認した。10日すべて「起き上がれなくなるまで」と書かれた地獄メニューであった。
翌日、アリステアはイゼルに呼ばれ、神龍都市を出てすぐの平地にいた。
背の低い草がみっちりと生えた草地である。
「こちらが農具牽引機試作マーク1です」
イゼルがお披露目したのは、大きな車輪を4つ備えた台車の上に椅子を乗せた不思議な乗り物であった。その後部には牛にひかせて使う鍬がつながれていた。
「車輪を回して鍬をひっぱる、というわけだな」
アリステアは見たままの機能を口にした。
「その通りです。ひとまず深いことを考えずに組んでみましたが、ちゃんと走るんですよ!」
イゼルの鼻息が荒い。
「そうか、では動かしてみてくれるか?」
「はい!」
イゼルは意気揚々とそれに乗り込んだ。
「それではいきます!」
イゼルはがこ、と椅子の前に取り付けられていたレバーを前に倒した。
ずずずずず……。
台車は動かず、その場で4つの車輪だけが空転した。
「……」
「……」
沈黙の中、車輪が地面を滑る音だけがしている。
イゼルがレバーをがこ、と戻すと車輪が止まった。イゼルは静かに台車から降り、そのまま流れるように土下座をした。




