16 古代魔導具の墓場
両側を深い森にはさまれた街道の先に大きな建物が見えてきた。
(神殿みたいな建物だわ)
イゼルの第一印象はそれだった。大きな石造りの建物だ。入り口は大きな扉で閉ざされており、10人が並んで入れるほどだった。
「ここは?」
「墓所だ」
「……」
イゼルは白い目で鷹梟大佐を見た。
「人間のではない。遥か古代に作られ、動かなくなってしまった魔導具がここに眠っている」
「!!」
目の色が変わった。
「この中にある物を調べれば―――あ、おい」
鷹梟大佐がしゃべっている内容も聞かずイゼルは墓所へと走り出した。
全速力である。
入り口の扉は、人が1人で開けられるような扉ではないが、その扉の脇に人が通れるくらいの小さな扉が作られていた。
イゼルがドアに手をかけると、カギはかかっていなかったのでたやすく開いた。
中は広間であった。左右に2つずつドアがあって先に続いているようだ。
その中から直感で右手前のドアを選び、細く続く廊下に出ると、再び手近なドアを開けて中に入った。
大きな部屋である。
そこに大きな石の棚が備え付けられていて、棚板の上には見たこともない道具たちが整然と安置されていた。
「これが、古代の魔導具……」
イゼルは呟いて最も手前にあったそれを手に取ってみた。
形は箱状だ。その箱の一つの面には丸いガラス板がはめ込まれていて、その反対側に四角いガラス板がはめられている。
いくつかスイッチや押し込めるボタンがあるのが分かるが、何のための道具なのか、どう使うのか、イゼルには全く想像できなかった。
「それは光景記録機だ。丸いガラス面を向けてボタンを押すと、目の前の風景と音をそのまま箱の中の記録用魔石に保存できた。かつての民が、子供の成長や家族の思い出をいつでも見返せるように使っていた」
「は、はい……?」
イゼルは鷹梟大佐の説明をすぐに理解できなかった。
「それ、どういう原理なんですか? 風景と音を保存? 幻影系の魔術の応用???」
「俺にもわからん」
「なんでわかんないんですか」
イゼルはつい非難がましい口調になってしまった。
「それを作れたのは貴族だけだったのだが、その知識が彼ら以外に漏れないように私にもインプットしなかったのだ。だからそれがどのような原理でその機能を実現し、どのような魔術が刻まれているのか、俺にもわからん」
(……無理だこれは)
イゼルは直感した。
歯車は分かる。詠唱による魔術で同じような現象を起こすこともできる。だからこそ歯車についてはある程度どういう内容の文字が組み込まれているのかが分かるのだ。
これは無理だ。
そもそもどういう魔術かさえ分からない。推測するとっかかりさえない。魔法文字の意味をすべて理解し、刻まれている文字列を解読できて、はじめて可能性があるものだ。
今必要なのは解読のための資料なのである。
「これは、高度すぎます……」
悔しさを噛みしめながらイゼルは呟いた。
「知っている。これはかつての人類が悠久の時をかけて発展させてきた、魔法文字技術の到達点だ。俺も、お前の代でここにあるすべてが使えるようになるとは思っていない」
「なら?」
それが分かって連れてきたのなら、目の前のこれが目的の物ではないのだろう。
「それよりずっと単純な魔導具もある。まずはそれを資料にするといい。こっちだ」
「わかりました」
イゼルは光景記録機を棚に戻した。
(無理と言われても、いつかは解読してみせたい)
もっと成長してまたここに来ようと誓った。
いくつかの品物を持ち帰った後、イゼルはアリステアに状況を報告した。
「古代の魔導具か」
一通りの報告を聞いて、アリステアは顎に手を当てて何事か考えこんだ。
「タイサ殿、一つ伺いたいのだが」
「はっ、なんでありましょう!」
鷹梟大佐はアリステアだけには偉そうな口調ではなく丁寧で緊張感のある兵士が上官に接するような口調になっていた。
「牛や人力よりも効率よく農地を開墾し耕せるような魔導具は可能か?」
「可能であります。過去確かに存在しました」
「ありがとう。イゼル、神龍内で使えるもので構わないから、作ってみてもらえないか?」
「農地を耕す、ですか?」
イゼルはその理由が分からなかった。
「そうだ。神龍空間で多くの作物が育てられれば、補給がかなり楽になる。規模によっては全くいらなくなるかもしれない。そうなれば、とてつもない戦略的価値が生まれる。農具の効率は高ければ高いほどいい」
アリステアの構想の終着点は兵站の不要な軍勢の出現である。軍勢は、動くだけで大量の飯を食う。前線の戦闘部隊のためにかなりの補給部隊が必要になる。そして当然、その補給部隊自身も飯を食う。軍隊というものは、食料を運ぶために食料を消費する、大量の食料消費システムなのである。
補給を要する物は食料以外にも様々あるが、食料ほど膨大ではない。食料と同様に神龍空間での自給体制を整えることや、倉庫を設けて大量保管を行うこともできる。神龍は歩く補給倉庫にもなるのだ。
長大な補給線を維持する必要がなくなれば、補給を断たれる危険もなくなる。古来どれほどの軍隊が補給を断たれたことによって敗走してきたか。
補給不要の大軍勢、それは戦略の前提を変えてしまうゲームチェンジャーとなりうるものだった。
アリステアはその第一歩として食料の生産向上を図ろうとしていた。
「分かりました! アリステア様のためならば!」
イゼルは威勢良く応じた。
「頼りになるな、イゼルは」
「いいえ、これもすべてアリステア様のおかげですから!」
「私の?」
聞かれて、イゼルは10年前の夜会での話をアリステアに告げた。
「人生の可能性を閉ざしてはいけないだなんて、そんなかっこいいことを言ったかな、私は」
アリステアの記憶では、そのころの自分はただの荒くれ稽古モンスターだったはずだ。人生について他人に何か言うほどの自分ではなかったように思った。
「言いました!」
イゼルは断言した。
「そうか」
自分がそう言ったと言われて違和感はないし、イゼルがそう言うならそれでいい。少し照れ臭くなってアリステアは笑った。
その頃エルアクスは、イゼルの父、オラリオ男爵と面会していた。
オラリオ男爵は50手前ほどの渋みの出てきた男であった。体は細く、口ひげをきれいに切り揃えている。いかにも生真面目そうな男であった。
「男爵。アリステアの部隊に行ってくれないか」
「……かしこまりました」
オラリオ男爵が返答するまでに少しの間があった。
「卿の娘、イゼルというそうだな。アリステアのところにいるのだぞ」
妙な勘違いをしていそうだったため、エルアクスは理由を告げることにした。
「な、なんですと?」
「やはり知らなかったか」
「申し訳ございませぬ。お恥ずかしいことではありますが、魔導具師になると半ば強引に出ていったもので、最近は手紙も返してくれず……」
「そうであったか。既に何人か気付いている諸侯もいる。それ故に卿が我が部隊にいては疎まれるだろう。それでは卿の実力に見合う働きをさせてやれない」
「それで、あちらに行けということですか」
「そうだ。それと、これも教えておこう。私は、アリステアを、わが腹心クラハッドと同じレベルで信頼している」
「……疎んじられてはいない、と?」
「そうだとも。あれは私の切り札だ。だから助けてやって欲しい」
エルアクスは裏の意図なくただ頼んだ。
オラリオ男爵はただ頭を下げた。
「かしこまりました」




