15 目指せ技術革新
神龍内都市。
イゼルはここに住み着いていた。
大通りに面した、かつては何かの店舗だったと思われる建物を、住居兼工房として使わせてもらっているのである。
イゼルはその工房で一心不乱に木の円盤に文字を刻み込んでいた。
もらった歯車と全く同じに刻めば同じように回転する。飛び出してはならない部分が飛び出していたり、その逆に飛び出すべき部分が飛び出していなかったりするだけで歯車は回らなくなる。
ここまでは確認できた。
イゼルの興味は今、その先にあった。文字列のどの部分が回転の仕方を制御しているのか、である。
そこで回転の仕方の違う歯車を追加でもらい受け、比較しながらそれを調べている最中であった。
書いてある文字の意味はわからない。だが総当たりで試すことはできる。
イゼルはその作業に没頭していた。
「おい」
作業中に声をかけられてもイゼルは無視した。アリステアに関係することでない限りイゼルは手を止めるつもりはなかった。
「おい娘」
だから、知らない男の声に応えることなどありえなかった。
「お前のことだぞ、歯車の研究をしている女」
「うるさい、邪魔するな!」
執拗で諦めない声に、イゼルは明確に拒絶を口にした。
「その研究の手助けになることだぞ」
初めてイゼルは顔を上げた。
工具や書き付けが散らかった大きなテーブルの反対側にそいつはいた。
「鳥?」
大きめの家猫ほどの大きさのあるフクロウのような鳥がそこに立っていた。だがフクロウにしては顔が細く精悍である。
「いかにも、俺は鷹梟大佐である」
「鷹梟のタイサさんですか。で、その研究の手助けになることってなんですか」
「お前、鳥が喋ってるのに何も思わないのか?」
「そんなこと、どうでもいいです」
イゼルの中で大事なのはアリステア。次に魔導具。その2つ以外は全て些事である。
「そうか。神経が太いのだな。では聞くが、その歯車以外の研究資料があったら、見たいと思うかね?」
「あるならすぐに出して下さい」
迷う要素ゼロ。
「ここにはない」
「じゃあ取りに行きましょう、今すぐ!」
イゼルは立ち上がった。
「……今は夜だぞ」
「なんでこんな時間に来るんですか!? 常識考えてくださいよ!」
「……お前が朝からずっと無視していたんだが」
イゼルは黙った。言われてみればそうだった気がする。
「失礼しました。それなら用事を早く言ってくれればよかったのに」
そして自分のことを棚にあげた。
「……」
鷹梟大佐は何かを諦めたようにため息をついた。
「明日朝また来る」
そう言い残して鷹梟大佐は開けっ放しの窓から出ていった。
明日の朝出発。
そう脳裏に刻み込んで、イゼルは当然のように再び作業に没頭し、そしてそのまま作業テーブルで寝落ちした。
「朝だ! 朝であるぞ!」
イゼルの耳元で鷹梟大佐の大声が響いた。
「はひっ!」
あまりの音量にイゼルが跳び起きた。
「もう2時間も前に日が昇っているぞ。起床の鶏声が聞こえなかったのか!?」
「あー、タイサさん。もうそんな時間でしたか」
「早く準備をしろ。研究資料を見たくないのか?」
その言葉でイゼルの眠気が吹っ飛んだ。
「行きましょう!」
ばっと立ち上がりドアへと向かおうとする。
「バカ者! 服を着替えんか!」
「え、いいですよ別に」
「良くなどない。人は毎日服を着替えるものだろう。着替えなければ連れて行かないぞ」
「着替えてきます!」
イゼルは鷹梟大佐の脅しに屈した。大急ぎで2階の居住スペースに登っていく。
「動きやすいズボンで来るのだぞ! 分かったな!」
その背に鷹梟大佐の世話焼きな声が投げつけられた。
イゼルは言われた通りの服装に着替え、鷹梟大佐と共に外に出た。
空を飛ばずに道を歩く鷹梟大佐に先導され町の外へ向かっていると、フェルトと鉢合わせた。
「あら、イゼルさん。お出かけですか?」
「こちらのタイサさんが気になるものを見せてくれるらしく」
イゼルがそう鷹梟大佐を指さし、フェルトははじめて足元を歩くそれを見た。
「かわいい……」
フェルトはまずそう声を漏らした。
「鷹梟大佐である。貴殿は?」
「たか、ふくろう、たいさ……?」
フェルトはその名を聞いて目を見開いた。
「ま、まさか伝説のタカフクロウタイサ様ですかっ!?」
そしてものすごい勢いで平伏した。
「おぉ、俺のことを知っているのか」
鷹梟大佐はふわりと翼を畳み直して背筋を伸ばした。
「代々の巫女で語り継がれております。神龍様のこの内なる世界を管理し、すべての恵みをお与えくださる豊穣の精霊様であると!」
「なにやら表現の細部が気になるが……。確かに俺がこの空間の環境管理官を拝命している精霊である」
「永い眠りについていると聞いておりました。お目覚めになられたのですね」
「うむ。だいぶフレイガルドの魔力が回復したのでな、起きることができた」
「あぁ……。喜ばしいことでございます。以後この日を精霊復活祭として祝うようにいたします!」
「必要ない。俺は俺の役目を果たすのみ。時に、貴殿の名は?」
「巫女フェルトと申します」
「フェルトよ、自らに与えられた務めをよく果たせよ」
「はいっ!」
フェルトが頭を下げた。
「では行こうか、イゼル」
鷹梟大佐は悠々と歩き始めた。
「行ってらっしゃいませ!」
フェルトが二人を見送った。
イゼルは鷹梟大佐に導かれるまま町を出た。石畳の街道を進み、町から少し離れた森の中へと入って行く。
「お前はなぜそこまで魔導具に興味を示す?」
道中、鷹梟大佐が尋ねてきた。
「アリステア様のおかげですよ」
「アリステア様、たしか現在の神龍の友人だな」
「そうです。下級貴族である男爵の娘である私とアリステア様にはほとんど接点なんてないんですけど、10年前新年夜会でお話ししたことがありまして。
貴族の娘って、とにかく結婚結婚言われるんですよ。うちなんかはそれだけ考えていろみたいなところがあって。でも私はそんなことより魔法とか工作に興味があったんです。だから父が私の結婚相手を探そうと夜会で躍起になっているのが面白くなかった。
で、テラスに逃げてぼーっとしていたら、アリステア様が声をかけてくださったんです。私は驚いて名乗りもできなかったんですよ。でも少し話をして、アリステア様、なんて言ったと思います?」
「なんて言ったんだ?」
鷹梟大佐はイゼルの期待通りの質問を返した。
「アリステア様もこんなことより剣の稽古がしたいって。結婚だけが私たちにできることではないのだから、あなたの人生の可能性を閉ざしてはいけないって」
「それで?」
「それだけですよ。それを聞いて私は思ったんです。ああ、やっていいんだって。
その後アリステア様とお会いできる機会はなかったけれど、話は伝わってくるんです。剣を取り、武の道を突き詰め続けている姫将軍、ってね。
だから私も父の反対を押し切って町で工房をやってみることにしたんです」
「そうか。信念を貫くことは俺もよいことだと思うぞ」
「ありがとうございます」




