14 出撃に向けて
「アリステアにデートプランを作ってあげたんだって?」
エルアクスに突然質問され、クラハッドは珍しくうろたえた。
「どこからそれを……」
知られて困ることではない。かといって言いふらすほどのことでもない。クラハッドが計画を立てたことは極めて限られた人物にしか知られていなかったはずだった。
「ふふ、私の情報収集もやるものだろう。で、結果はどうだったんだ? あいつのことだから生真面目に計画通り回ろうとしたんじゃないかな?」
「その程度の敵の動きを予測できない私だとでも思われましたか。もちろん、計画外のハプニングまで仕込んで差し上げましたよ」
これにはエルアクスは手を叩いた。
「さすがクラハッド! で、神龍様は自由に使えそうなのか?」
これが本題である。フレイを、神龍をどう政治的・軍事的に組み込むことができるのか。それによって作戦は大きく変わることになる。
「駄目ですね。アリステア様の命令しか聞かないでしょう。アリステア様から他人の指揮下に入れと命じられても、素直に従うとは思えません」
「それほどか」
「色ボケしてますね」
「つまり、制御不能かな」
「基本的には上手く扱えるでしょうが、土壇場で何をやらかすかわかりません。あれはいざとなればアリステア様のためにアリステア様の命令を無視するタイプかと思います」
クラハッドが、ブルロック鉱山の奪還戦や日々のやり取りを見ていて出した結論がそれだった。
その答えを聞いてエルアクスはしばらく目を閉じた。
「そうか。できれば神龍様の加護を得たと表明したかったが、その状況では厳しいかな」
神龍が加護を与えるのなら、その相手はエルアクスでなくては困る。そうでなければヴァルカニアを追い払った後、アリステアが帝位につくことになりかねない。アリステアがそれを望まないとしても、である。
神龍の加護など、神話の出来事である建国伝説以来なかったことだ。誰にも抗えない流れになるだろう。
「当初は頷いても、後々ひっくり返されてしまう可能性は高いでしょう。人間の都合に従わせるのは難しいタイプかと」
世の中には失言というものがある。そして、フレイというやつは失言する可能性がかなり高い。
「そうか。それなら神龍様だとは公表するべきではないな」
「アリステア様も同様にお考えです。ヴァルカニアの岩亀を奪ったことにした方がいいのではとのことです」
クラハッドの手回しは万全といってよかった。
「そうか、既に話してくれていたか。後ほど私も直接話して確認しておこう」
「よろしくお願いします」
「あとは兵がどれだけ集まるかだな」
「義勇兵の募集はうまくいっています。周辺の町から1万前後の兵は集まりそうです。諸侯の方は?」
「忠誠心と勇ましさの表明はさすがだね」
エルアクスは冷笑した。駆けつけてきた諸侯は勇ましいことを口にするが、果たして何人が頼りになるか。
「頭が痛くなります。募ったばかりの新兵と寄せ集めの諸侯軍で作戦を行わなければならないとは」
「仕方ないだろう。今なら帝都を取り戻せるのだ」
「無茶のしどころではあります」
エルアクスたちは、どこよりも早く帝都を奪還してみせる必要がある。
彼の元には、先に諸侯への呼びかけを行っていたラガトニア公からも書状が届けられていた。
『恐れ多き事ながら殿下の生死も不明でしたので帝位継承の意向を表明しましたが、私心は一切ありません。力を合わせ共にヴァルカニアと戦いましょう』
という白々しい内容であった。
ラガトニア公が抱える軍はこれまで損失を受けておらず、そこに周辺諸侯が合わせればかなりの大兵力になる。その兵力によって帝都が奪還されれば、名声はもちろん、帝国の中枢の実権をラガトニア公が掌握することになるだろう。エルアクスたちは、実権を失い、下手をすれば命まで失う瀬戸際に立たされることになる。
それを防ぎつつ彼を完全に抑えるために、エルアクスには分かりやすい軍事的成功が必要だ。
それによって求心力を得て、ファフヌル平原会戦と帝都強襲で失った帝国直轄軍を再編し、諸侯の支持を得なければならない。
軍事作戦とは政治なのである。
むろん、勝算があることを前提とする話である。
帝都防衛にあたっていたクラハッドは、帝都を強襲してきたヴァルカニア軍の戦力をかなり正確に把握していた。
彼らは岩亀一基に乗って道や村の無い箇所を踏破して侵入してきた。街道を使わないその侵攻ルートは予測不可能であるが、岩亀でなければ踏破できないルートでもあった。
岩亀に乗って帝都に強襲したヴァルカニア兵は約1万。帝都強襲戦でどの程度損失を出したかは分からないが、その後帝都からノルフレイガルド砦にやってきて神龍に焼き払われた2千と、ブルロック鉱山で岩亀と共にいた1千が失われ、最大でも残り7千。
なにより敵は岩亀を失った。
そしてこちらには神龍がいる。
勝てる。そう確信できるだけの状況であった。
同時にそれは、帝都のヴァルカニア軍が岩亀を失ったという情報がラガトニア公に確報として届くまで、あるいはファフヌル平原から侵攻してくるヴァルカニア軍が帝都にたどり着くまで、の話でもある。
ファフヌル平原方面のヴァルカニア軍は、現在帝都への道の途上にある関所の一つ、テネス関所を攻め落とそうとしているが、守将モランジア将軍が粘り強く持ちこたえているらしい。テネス関所の壁は高く分厚く、それが3段構えで守りを固めている。岩亀とてそう簡単に攻め落とすことはできないだろうが、いつ抜かれないとも限らない。
そのためエルアクスたちには新兵をのんきに訓練しているような時間は無かった。
なにより、テネス関所の状況が判明すると同時に、皇帝ジルクハルト3世の崩御も確定情報となってしまった。
なおさら一刻も早く帝都を奪い返し、帝国を一つにまとめる必要がある。
「帝都奪還作戦、その際には神龍騎士団に預けている秘宝の装備と使用も認める。頼むぞ、クラハッド」
「はい殿下。明日には計画案をお示しすることができるでしょう」
その2日後、エルアクスは伯爵以上の貴族たちを1室に集めた。以上といっても、全員が伯爵であった。これはどの侯爵もすぐに軍を連れて駆けつけて来られる位置にいないためである。それでも、最も近いフロード侯爵の長男バルゲスト伯爵が1千もの騎兵を連れて参上していた。
「バルゲスト伯爵、よく来てくれた」
エルアクスは彼を特に手厚く歓迎した。
「我が父は国境防備の役もあり時間がかかるだろうと思い、急ぎまかり越しました。急いだゆえ騎兵のみで恐れ入りますが……」
「何を言う。クラハッドが褒めていたぞ、卿の騎兵は神龍騎士団員に匹敵する精鋭だと。活躍に期待している」
「名高き騎士団と並び称されるとは、光栄なことです。兵も喜びましょう」
政治である。
戦場で最初にぶつかるのは歩兵だ。騎兵ならば、戦況を見極めて勝ち馬に乗るか逃げるか決めることができる。
だがそんなことは思っても口にしてはいけない。諸侯は味方につけなければならないのだ。
クラハッドの評価にしても、ごく上澄みについてそう評したにすぎない。全体の評価はエルアクスとクラハッドのみぞ知ることである。
「さて」
一通りの諸侯を歓迎してみせたあと、エルアクスは本題に入った。
「それではこれより、帝都奪還作戦について伝えようと思う」
全員の注目がエルアクスに集まった。
「我軍は2つに分かれて帝都を目指す。ひとつは私が、もう一つはアリステアが率いる。諸侯には、私と共にフィーラン街道を進んでもらいたいと考えている」
「分進合撃ですか」
「そうだ。アリステアには敵から奪った岩亀で別ルートを進んでもらう。卿らも、敵が使っていたよく分からん生命体と一緒に歩きたくはあるまい?」
エルアクスはあえて露悪的に笑った。諸侯も笑った。
諸侯は、この場にアリステアがいないことと併せて考えれば、エルアクスが諸侯とアリステアを切り離そうとしていると思うだろう。混乱の中、軍事的才能がある妹姫が力を増すことを防ぎたいのだと。
これが諸侯と神龍を接触させないためだとは、誰一人想像できないようだった。
「出発は2日後。卿らの働きに期待している」




