九 火の後
さらに三か月後、深夜に全社クラウド基盤で障害が起きた。
私はもう別のチームに移っていたが、関係者として対応会議に呼ばれた。
画面には二十人以上がいた。若いエンジニアたちが、速い言葉で状況を共有していた。
小野寺がいた。
顔は痩せていたが、目は前より落ち着いていた。
障害は、顧客影響の切り分けが難しいタイプだった。
技術的な原因調査は進んでいたが、どの顧客に、どの順番で、何を伝えるかが決まらなかった。
小野寺が発言した。
「先に、影響を三段階に分けます。技術原因ではなく、顧客業務影響で分けましょう。北浜のときに使っていた判断表があります。標準に合わせて直してあります」
彼は画面を共有した。
そこには、宮下さんのファイルをもとにした表があった。
北村さんの問い合わせ初動テンプレートも組み込まれていた。
顧客が知りたいこと、まだ言ってはいけないこと、第一報の粒度、営業部門への渡し方。
若いエンジニアの一人が言った。
「これ、めちゃくちゃ助かります」
めちゃくちゃ。
それは雑な言葉だった。
でも、私はその雑さに救われた。
障害対応は朝方に収束した。
大きな顧客影響は出なかった。
会議が終わる直前、小野寺が私に個別メッセージを送ってきた。
> あの運用、古くなかったです。
> 置き場所が古かっただけでした。
私は画面を見た。
何度も読んだ。
返事を書こうとして、消した。
また書いた。
> そう思います。
それだけ送った。
窓の外が少し明るくなっていた。
空はきれいではなかった。
曇っていた。
ビルの隙間に、朝が灰色に滲んでいた。
私はコーヒーを買いに行った。
自販機の前で、胃の痛みが少しだけ引いていることに気づいた。
救われた、とは思わなかった。
許された、とも思わなかった。
そんな便利な結末は、会社にはない。
ただ、燃えたあとに、何かが使われていた。
誰かの手に渡り、別の現場で、別の名前で、まだ働いていた。
それは、私が壊したものの残骸ではなかった。
完全ではないが、種に近かった。




