六 移行
翌週、私は資料を作り直した。
タイトルを変えた。
「業務棚卸し」ではなく、
「運用知の翻訳と人材移行計画」。
赤、黄、緑の表は残した。
だが、隣に列を増やした。
「次に活かせる能力」
「移行先候補」
「本人の不安」
「残すべき顧客知」
「燃やしてよい手順」
「燃やしてはいけない判断」
最後の二列は、少し恥ずかしかった。
だが、消さなかった。
チームミーティングで説明した。
「前回までの進め方は、乱暴でした」
誰も顔を上げなかった。
「仕事と人を分けると言いました。でも、実際には分けられない部分があります。そこを見落としていました」
宮下さんが私を見た。
表情は変わらなかった。
「ただ、変革の必要性がなくなったわけではありません。このままでは、みなさんの経験が北浜商事の中に閉じてしまいます。だから、変えます」
ここで優しいことだけを言えば、楽だった。
でも、それは嘘だった。
「変えます。ただし、燃やす前に読みます。残すものを決めます。次の場所に持っていく形にします」
小野寺が小さく息を吐いた。
それが安堵なのか、諦めなのかはわからなかった。
私は続けた。
「宮下さんには、北浜商事の運用知を、社内のインシデント管理標準に接続する役割をお願いしたいです。単なる引き継ぎではなく、標準化の設計者として」
宮下さんはすぐには答えなかった。
「北村さんには、復帰後の希望を確認したうえでですが、顧客対応品質の観点をカスタマーサクセス部門に接続できないか、人事と相談します」
誰かが、鼻で笑った。
誰かはわからなかった。
「小野寺さんは、全社クラウド基盤へ異動です。ただし、北浜商事の運用で得た障害対応の観点を、クラウド運用設計に持ち込んでください。新しい場所に行くことは、このチームを捨てることではありません」
小野寺は目を伏せた。
彼の手元のボールペンが、机の上で小さく転がった。
「全員が納得するとは思っていません」
私は言った。
「私の進め方を許せない人もいると思います。それは、そうだと思います」
この言い方が正しいのかはわからなかった。
謝罪としても中途半端だった。
決意表明としても弱かった。
だが、その程度の言葉しか出なかった。
会議の最後、宮下さんが手を挙げた。
「標準化するとき、例外はどう扱いますか」
私は答えた。
「例外を、例外として残すのではなく、判断条件として書きます」
「誰が書きますか」
「私も書きます。宮下さんだけにはしません」
宮下さんは少しだけうなずいた。
「わかりました」
それは賛成ではなかった。
協力でもなかった。
ただ、テーブルに戻ってきた音だった。




