五 茶封筒
宮下さんが私のところへ来たのは、北村さんが休みに入ってから二週間後だった。
金曜日の十八時半。
フロアには人が少なかった。
彼は茶封筒を持っていた。
「少しよろしいですか」
会議室に入ると、彼は封筒から紙の束を出した。
手書きの運用メモだった。
古い障害、顧客の業務カレンダー、口頭でしか伝わっていない例外処理、営業部門の締めルール、担当者ごとの癖、過去に失敗した自動化案、その理由。
紙は厚かった。
角が擦れていた。
何年も開かれ、閉じられてきた跡があった。
「これ、全部スキャンして共有してください」
私は言った。
また、正しいことを言った。
宮下さんは首を振った。
「その前に、読んでください」
「もちろん読みます」
「いえ。共有するためではなく、読んでください」
私は黙った。
「燃やすなら、読んでから燃やしてください」
その言葉は、怒鳴り声ではなかった。
むしろ、疲れた声だった。
怒りはもう、通り過ぎていた。
私は紙束を受け取った。
重かった。
紙の重さではなかった。
その夜、私は会社に残って読んだ。
一枚目には、こう書かれていた。
北浜商事 月末処理
失敗するのは処理ではなく、たいてい連絡である。
二枚目。
障害時、情報システム部は強く出るが、
営業側はもっと怖がっている。
情報システム部長の語気が荒いときは、
営業本部長から詰められている可能性が高い。
先に営業影響を一文で整理して渡すこと。
三枚目。
自動化できるもの
自動化してはいけないもの
自動化する前に顧客側の業務を変える必要があるもの
私は読み進めた。
そこには、私が「属人性」と呼んだものの正体があった。
それは怠慢ではなかった。
記録されなかった知性だった。
仕組みに昇格されないまま、人の身体に押し込められていた運用設計だった。
私は、その夜はじめて、自分が何を燃やそうとしているのか、少しだけわかった。
二十二時過ぎ、事業責任者からメッセージが来た。
> 進捗どうですか。
> 来週の会議で再配置案を出せますか。
私はしばらく画面を見ていた。
そして、こう返した。
> 出します。ただし、再配置案だけでなく、
> 知識移管と役割再設計の案も出します。
> 単純な縮小だと壊れます。
すぐに既読がついた。
返事はなかった。
その沈黙で、私は少しだけ救われた。
止められなかったからだ。




