四 障害
事故が起きたのは、小野寺の異動発表の翌週だった。
北浜商事の夜間バッチが止まった。
原因は、古い連携処理のタイムアウトだった。直接の障害は小さかったが、月次処理と重なっていた。翌朝までに復旧しなければ、請求データがずれる。
私はリモートで障害対応会議に入った。
二十二時十三分。画面には十六人がいた。
北浜商事側の情報システム部長も入っていた。声が硬かった。
「これは、以前にも似たことがありましたよね」
宮下さんが答えた。
「八年前に一度あります。ただ、そのときとは条件が違います」
「条件が違うとは」
「先方の販売管理側の締めタイミングが変わっています。今日だけ、通常より二十分遅らせる必要があります」
私は口を挟んだ。
「根本原因の確認が先です。暫定対応で遅延させる判断はリスクがあります」
宮下さんが画面越しにこちらを見た。
「根本原因はあとで追えます。今は締めに間に合わせることが優先です」
「手順化されていない対応は避けたいです」
「手順化されていないから、私が言っています」
空気が止まった。
私は、そこでもまだ、正しさにしがみついた。
「属人的な判断で本番処理を変更するのは危険です。判断根拠を明確にしてください」
宮下さんは、数秒黙った。
その沈黙の間に、彼の顔から何かが消えた。
「わかりました。根拠を整理します」
結論が出たのは二十三時四十八分だった。
宮下さんの案で処理を遅延させ、復旧した。
請求データは守られた。
障害報告書には、暫定対応の判断理由として「過去類似事象および顧客業務カレンダーに基づく」と書かれた。
整った文だった。
そこには、宮下さんが八年前の障害を覚えていたことも、北浜商事の営業部門の癖を知っていたことも、私がそれを邪魔したことも書かれなかった。
翌朝、私は宮下さんに声をかけた。
「昨日はありがとうございました。助かりました」
彼は立ち止まった。
「助かったのは、北浜商事です」
「はい」
「このチームではありません」
彼はそれだけ言って、自席に戻った。
昼過ぎ、北村さんが早退した。
翌日も来なかった。
三日後、人事から連絡があった。
診断書が出た。しばらく休むとのことだった。
事業責任者に報告すると、彼は深く息を吐いた。
「想定より早かったですね」
その言葉に、私は寒気がした。
「想定していたんですか」
「この規模の変革では、一定数は出ます」
一定数。
私はその言葉を、その日から嫌いになった。
だが、何度も使いそうになった。
人は嫌いな言葉ほど、疲れると頼る。




