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光と影、二つの魂  作者: そら
第四章 竜と、二つの影
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第六話 アルス編 翌朝の傷と、不思議な確信

翌朝、アルスは天幕の外で目を覚ました。


鳥の声がする。


草の匂いがする。


王都の朝とは違う野の朝だ。


右手を見た。


竜鱗のような痕があった。


昨日はなかった。


今朝、ある。


アルスは少しの間その痕を見た。


回復魔法で治そうとして——止まった。


今日は治さなかった。


理由は分からない。


しかし——この傷を消してはいけない気がした。


この傷は、夜の「誰か」がついこの夜、何かと戦った証だ。


消すことは——その事実をなかったことにするような気がした。


ライトが近づいてきて「アルス様、お手に——」と言いかけた。


「大丈夫だ」


「しかし——」


「今日は治さない」


ライトが不思議そうな顔をした。


しかしそれ以上言わなかった。


三年間の付き合いで、アルスがそう言う時は理由があると分かっている。


「南の民の確認が終わり次第、王都に戻る準備をしてくれ」


「はい」


アルスは南の空を見た。


竜を倒した者がいる。


昨夜、北の空に白い光が見えた——老人の言葉がまだ胸に残っていた。


その「誰か」が自分の夜の部分だとしたら。


そして——傷が同じ場所についているとしたら。


アルスはもう一度、右手の鱗の痕を見た。


答えを持っていない。


しかし——一つだけ確かなことがあった。


夜の「誰か」は戦った。


民を守るために竜に向かった。


そして、この傷を残した。


「……お疲れ様」


アルスは右手に向かって小さく言った。


ライトが振り返る前にアルスは袖を下ろした。


天幕の外で医療班が朝の仕度を始めていた。


今日も治療がある。


今日も民の傍にいる。


昼と夜で、同じことを別の形でやっている。


それが——「一つの体」ということか。


アルスは立ち上がり朝の光の中へ歩き出した。


朝露が草の上に光っている。


集落の炭の跡が朝の光の中では昨夜より小さく見えた。


それでも、失われたものは失われたままだ。


だから——続けるしかない。


昼も夜も。


同じ目標に向かって。


天幕の外に出ると、医療班員たちが朝の仕度を始めていた。


昨日から変わっていない顔がある。


昨日より明るい顔がある。


重傷者たちが回復していくにつれて集落の空気が少しずつ変わっていた。


「アルス様」


オルムが近づいてきた。


「昨夜の農夫ですが——今朝、自分で起き上がれたと言っています」


「そうか」


「……私は医師として、三年間働いてきました」


オルムは少し躊躇ってから続けた。


「しかし——昨日アルス様が行われたことは、私の知識の範囲を超えています」


アルスは答えなかった。


「6段階の回復魔法でできることを、文献で読みました。しかし——竜の魔力毒の完全解毒は、どの文献にも書かれていません」


「……」


「アルス様は——6段階ではないのですか」


アルスは少しの間、オルムを見た。


オルムの目に批判はなかった。


告発しようという意図もなかった。


ただ——知りたい、という目だった。


「……私自身も、よく分からないんだ」


アルスは静かに言った。


「体の奥から力が出る時——何かが動く感覚がある。それが何なのかは、まだ分からない」


オルムはしばらく黙っていた。


それから深く頭を下げた。


「……私も、もっと勉強します」


「頑張ってくれ」


アルスは答えた。


「君が届かなかった患者を、私が届けられるだけだ。君が届ける患者は、私には届けられない。それぞれの仕事がある」


オルムが顔を上げた。


その目に何かが生まれていた。


集落を出る前に老人がアルスのところへ来た。


昨夜、竜の話を教えてくれた老人だ。


「聖枢機卿様」


「はい」


「昨夜の……白い光を出した方と、聖枢機卿様は——関係がおありですか」


アルスは少しの間、老人を見た。


「なぜ、そう思うのですか」


「分からないです。しかし——なんとなく」


老人は頭を掻いた。


「昨夜の光は、竜の炎とは全然違う色でした。白い、温かい光でした。そして今日、聖枢機卿様が来てくださった。似ている、と思ったんです。光の色が」


アルスは答えなかった。


しかし——その言葉が胸に残った。


昨夜の白い光と今日の自分が——似ている。


老人の目にはそう見えた。


「……そうかもしれません」


アルスは静かに言った。


「どちらも——同じ目的で動いています」


老人は少し首を傾げた。


意味が分からなかったかもしれない。


しかしアルスには——その一言が、今日一番の正直な答えだった気がした。


集落を後にする前にアルスは一度だけ振り返った。


三軒の黒い跡。


しかし——そこに集まった民の顔は昨夜より明るかった。


傷は残る。


しかし——生きている。


アルスは南に背を向けて北へ歩き始めた。


王都へ帰る。


また書類を読み、証拠を積み上げ、七賢院と向き合う。


昨夜の「誰か」は今夜また北に向かうかもしれない。


違う仕事を違う方向で。


しかし——同じ目的のために。


馬車が動き始めた。


馬車に乗る前にアルスはもう一度空を見た。


南の空は晴れている。


北の空も、同じように晴れているだろうか。


昨夜の「誰か」が見た空と——同じ空だ。


その事実が今朝は温かかった。


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