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光と影、二つの魂  作者: そら
第四章 竜と、二つの影
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第二話 ノクス編 北上する竜——単独出動

エルザの情報は正確だった。


古竜は北上している。

速度は予想より速い。

王都への接近は——二日以内。


ノクスは地図を見た。

竜が通る経路に二つの集落がある。

住民合わせて三百名ほど。

避難は間に合わないかもしれない。


七賢院が陽動として使うために誘導した古竜だと分かっていた。

計画の意図は読める。

枢機卿と亡者の注意を竜に向けさせ、その隙に証拠の消去と工作員の再配置を進める——そういう算段だ。


しかしそれは民の命が失われることを容認する理由にはならない。


「俺が出る」


カインが「一人でですか」と言った。


「竜への対処は一人で十分だ」


「……ヴァルガンの件は」


「別の古竜だ。南の山で動いているのがヴァルガン、北上しているのは別の個体——名前は分からない。ヴァルガンは俺のことを知っているが、この竜は違う」


「力の差は」


「8段階相当と聞いている。問題ない」


カインは一度だけノクスを見た。

何も言わなかった。

問いを持っていたが口にしなかった。

この男が「問題ない」と言う時、本当に問題ない——五年間の経験がそれを教えていた。


「エルザ、お前は王都に残れ。七賢院がシルヴィアを狙う動きを見せたら、すぐに対処しろ」


「承知しました」


ノクスはフードを被り、隠れ家を出た。


夜の王都を抜け北門を目指す。

城壁の外に出ると、空気が変わった。

草の匂いと土の匂いと——もう一つ。


竜の気配——魔力の密度が遠くに感じられる。


ノクスは目を閉じた。

根源魔力こんげんまりょくが、体の奥から静かに動き始める。

普段は眠らせている力が、竜の魔力に反応して目を覚ます——それが竜血者の感覚だ。

呼ばれているような、引き寄せられているような。

同じ種の気配を体が本能で認識する。


「北か」


方位を確かめて歩き始めた。


夜の中を黒いフードが進んでいく。


道はすぐに途切れた。

草原に出た。

月明かりが地面を薄く照らしている。

足音が柔らかい土に吸われる。


二時間歩いた頃——地平線の向こうに黒い影が見えた。


全長三十メートルを超える巨体。

黒ずんだ鱗が月明かりを鈍く反射している。

翼を広げれば五十メートル。

口から、炎ではなく——黒い霧のような魔力を断続的に吐き出している。


その霧が地面に触れると草が枯れていく。

ゆっくりとしかし確実に。


これが古竜だ。


ノクスは足を止めた。


古竜の目がこちらを向いた。

人間に気づいたのだ。

しかし警戒の色はない。

人間などこの竜にとって脅威ではないからだ。


「お前は七賢院に誘導された」


ノクスは静かに言った。

竜語ではない。

しかしノクスの声には根源魔力が乗っていた。

言葉の意味ではなく魔力の色として——同じ種の者にだけ届く言葉として。


古竜が動きを止めた。


翼が半分開いたままこちらを見ている。

目が——黒く深い。

怒りと、戸惑いと、何か別のものが混じった色だ。


「……人間」


竜が言った。

低く地を響かせる声。

その声が夜の草原に広がり遠くで鳥が飛び立つ音がした。


「お前から、竜の気配がする」


「俺は竜血の末裔だ」


「……竜血者」竜の目が変わった。「千年前の契約の——」


「そうだ」


ノクスは一歩前に出た。

根源魔力が体の表面に薄く滲み出た。

星のない夜に白い光が揺らめくように見える。


竜が動いた。


前足を振り上げ、黒い霧を吐き出した。

魔力の密度が上がる——それが8段階相当の竜の全力だ。

草が一瞬で枯れ、土が変色する。

霧の範囲は直径三十メートル。


ノクスは動じなかった。


左手を上げ、ただ——魔力の薄い壁を作った。


黒い霧が壁に当たり弾けた。

霧が四方に散る。

しかしノクスには届かない。


竜が鳴いた——怒りではなく困惑の声だ。


「……なぜ、通らない」


「俺の魔力密度が、お前の攻撃を上回っているからだ」


ノクスは静かに言った。


「段階の差ではない。竜の力は密度で語られる。お前が8段階の密度を持つなら——俺はその上に、さらに高い密度を持っている。根源魔力は、段階という概念の外にある」


竜が再び動いた。

今度は翼で体当たりを試みる。

五十メートルの翼が嵐のように風を生み出した。


ノクスは跳躍した。

十メートルの高さまで上がり——そのまま、竜の背中に着地した。


足の裏から根源魔力を流した。


竜の体が一瞬だけ——固まった。


自分の魔力回路に別のより密度の高い魔力が触れた時の生物的な反応だ。

強制的に静止させる——それが根源魔力の竜への効果。


「……っ」


竜が低く唸った。


ノクスは竜の背から降り、前に立った。


「終わりにしよう」


低く言った。


竜は動かなかった。

否、動けなかった。


根源魔力の圧に、竜の体が本能で反応していた。

——これは敵ではない。より上位の存在だ。戦うことができない——その判断が竜の体に刻まれた。


「……お前は、何者だ」


竜が問いかけた。

声に今度は怒りがない。


「亡者と呼ばれている。しかし——それは表の名前だ」


「竜血の末裔が、なぜ人間の社会で動く」


「七賢院という組織を潰すためだ。お前を北上させたのも、その組織だ」


「……七賢院」


竜は繰り返した。「人間の小さな組織が、私を……」


「誘導した。古竜の移動経路を操作した。お前は利用された」


沈黙。


竜の目がゆっくりと変わっていった。

怒りが今度は別の方向に向かった。

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