ヴァルミナ攻防戦⑥
<サーレンの罠>
レオン、ダリウス、フィーネの三人は、旧市街地を着実に進んでいた。
フィーネが敵の潜伏場所を探り当て、レオンとダリウスが制圧する。
その繰り返しだった。
「片付きました」
建物から出てきたフィーネは、スカートについた埃を軽く払って言った。
「よし、ダリウス。リューン殿に合図を」
「あいよ」
ダリウスは窓から身を乗り出し、大きく腕を振る。
少し離れた場所で待機していたリューン隊が、それを確認して騎馬を前へ進める。
狭い通りには柵や杭が設置されていたが、安全が確認された区画だけを少しずつ進軍していた。
レオンはその様子を見て頷く。
「ここを抜けることができれば、かなり楽になるな」
「ああ、この調子なら押し切れそうだ」
ダリウスも珍しく余裕のある笑みを浮かべた。
そんな二人の横で、フィーネが静かに前方を見つめる。
「……次はあちらですね」
指差した先には、三階建ての民家があった。
他の建物より一回り大きく、通りを見渡せる位置に建っている。
「これで最後だな」
レオンはそう言って歩き出した。
しかし建物の前まで来たところで、フィーネが足を止めた。
「……なんか、ちょっと嫌な感じがしますね」
「どういうことだ?」
レオンが尋ねる。
フィーネは首を傾げた。
「うまく説明できないんですが……今までとは違います。」
「敵が多いのか?」
「いえ……。」
少し考え込む。
「静かすぎるというか……気配はあるんです。でも、動いていないというか……」
ダリウスは腕を組む。
「俺にはさっぱり分からねぇな。」
レオンは建物を見上げた。
確かに静かだ。
静かすぎる。
今までなら、こちらが近づけば敵が慌ただしく動く気配があった。
だが今回は、それがない。
「……やめておくか?」
レオンが言う。
フィーネは首を横に振った。
「敵がいることは間違いありません。」
そして小さく微笑む。
「危ないかもしれませんから、私一人で行きます。」
「却下だ。」
即答だった。
「一人にはさせない。」
「でも……」
「ダリウス。」
「ああ。」
二人はすぐ理解した。
「俺は入口で待機だな。」
「怪しい動きがあれば知らせてくれ。」
「任せろ。」
三人は頷き合い、建物へ入る。
中は、不気味なほど静かだった。
床を踏む音だけが響く。
フィーネは周囲を見回しながら歩く。
レオンも剣を構え、警戒を緩めない。
「……誰も来ないな。」
「そうなんです。」
フィーネが小声で返す。
「いるんですが……。」
「いる?」
「ええ。」
「でも動かない。」
レオンも違和感を覚え始めた。
敵がいる。
なのに襲ってこない。
逃げもしない。
何かがおかしい。
二人は二階へ上がる。
二階でも注意深く辺りを警戒している。その時だった。
「きゃっ!」
ミシッという音とともに床が抜けた。
フィーネの身体がそのまま一階へ落下する。
「フィーネ!」
レオンはすぐ穴から覗き込んだ。
「大丈夫か!」
「はい、大丈夫です。」
フィーネは立ち上がりながら答える。
「……あれ?」
「どうした?」
「ここ、ドアがありません。」
「なに?」
フィーネは周囲を見回す。
確かに部屋は完全に壁で囲まれていた。
入口が存在しない。
密室だ。
フィーネも状況を理解する。
「……壁を壊します。」
そう言って大鎌を構えた、その瞬間だった。
ドォン!
建物全体が揺れた。
続いて、ドン! ドン!
連続する爆発。
柱が軋み始める。
「なんだ……!?」
レオンが窓へ駆け寄る。
外では野盗達が建物の周囲から離れていく姿が見えた。
柱の根元には火薬が仕掛けられていた。
「しまった!」
その時、外からダリウスの怒鳴り声が飛ぶ。
「おい! 脱出しろ!」
剣を振るい、火薬を仕掛ける野盗を斬り伏せるダリウス。
一人、二人。
だが別方向から次々と起爆される。
「くそっ!」
止めきれない。
「レオン! 逃げろ!!」
建物が大きく軋む。
フィーネは壁に手を当てた。
「……補強されています。」
「これが目的だったんですね。」
「変態さんは逃げてください。私は魔族なので、多分大丈夫です。」
レオンは一瞬だけ窓を見る。
外へ飛び出せば助かる。
だが。
「ああ、もう!」
次の瞬間には決めていた。
窓から外へ向かって叫ぶ。
「フィーネが閉じ込められた!」
「俺が守る!」
「後は頼んだぞ、ダリウス!」
そう言うと、迷いなく穴へ飛び降りた。
フィーネの隣へ着地する。
フィーネは目を丸くした。
「……何してるんですか。」
「魔族だからって、無事とは限らないだろ。」
レオンは盾を構える。
聖騎士の防護魔法が光る。
さらにシルヴィアから受けていた防護魔法も重なる。
フィーネも小さく息をついた。
「仕方ありませんね。」
彼女も短く魔法を唱え、防御結界を重ねる。
二人の周囲を淡い光が包み込んだ。
レオンが笑う。
「これなら、少しはマシだ。」
「……一応、お礼は言っておきます。」
「それは無事に出られてから聞こう。」
二人は自然と肩を寄せ合うように身を低くした。
その頭上で。
ミシッ。
メリメリメリッ——。
柱が折れる。
壁が崩れる。
天井が落ちる。
建物全体が大きく傾き始めた。
外ではダリウスが叫び続けている。
「レオンーーーっ!!」
次の瞬間。
轟音とともに三階建ての民家は完全に崩れ落ちた。
瓦礫と土煙が空高く舞い上がり、二人の姿はその中へと飲み込まれていった。




