ヴァルミナ攻防戦⑤
<旧市街地での戦闘>
門の前では、なおも激しい攻防が続いていた。
降り注ぐ矢を、ダリウスが盾で受け止める。リューン隊は門へ取りつこうとするが、上からの射撃に阻まれ、思うように進めない。
その時だった。
門の内側から、轟音が響いた。
爆風が木製の扉を揺らし、炎と煙が吹き上がる。砕けた閂が破片となって飛び、閉ざされていた門が内側から軋みを上げた。
「門が開いたぞ!」
レオンが叫ぶ。
「今だ! 突入する!」
兵たちが一斉に動いた。
リューン隊と聖騎士隊が、崩れかけた門へとなだれ込む。
その混乱の中、フィーネは素早く瓦礫の方へ駆け寄っていた。
「……いました」
そこには、煤と血にまみれたエレナが倒れていた。
フィーネは膝をつき、彼女を抱え起こす。
「ずいぶん無茶しましたね」
「こうするしか……なかったのよ……」
エレナは辛うじて答えた。
意識はある。だが、全身に細かな傷が走り、衣服も破れ、かなりの爆風を受けたことが分かる。
フィーネは迷わず小瓶を取り出した。
「こちらを」
ライトグリーンの液体。
エレナは言われるままにそれを飲み込む。
すぐに薬効が現れた。
傷口が淡く光り、ゆっくりと塞がっていく。
「シルヴィアさん!」
フィーネが声を上げる。
シルヴィアは振り向いた瞬間、エレナの状態を見て顔色を変えた。
「エレナさん!」
駆け寄り、すぐに膝をつく。
「ひどい怪我……」
「手持ちの回復薬は飲ませました」
フィーネが冷静に言う。
「それなら、体力を戻せば……」
シルヴィアはすぐに魔法を唱え、エレナの身体へ手をかざした。
柔らかな光が彼女を包む。
「……私は、まだ戦えるわ」
エレナが立ち上がろうとする。
だが、フィーネがすぐに押し留めた。
「ダメですよ」
シルヴィアも頷く。
「フィーネさんの言う通りです。しばらく安静にしてください!」
「……仕方ないわね」
エレナは悔しそうに息を吐いた。
その間にも、門付近ではレオン達が野盗を押し返していた。
門を破られた野盗達は一瞬浮き足立ったが、すぐに甲高いほら貝の音が響く。
その音を合図に、彼らはばらばらに逃げるのではなく、統率された動きで旧市街地へと退いていった。
「追撃するぞ! 続け!」
リューンが声を上げる。
騎馬隊が門を越え、ヴァルミナの内部へと進む。
レオンは一度、エレナの方を振り返った。
「エレナの様子は?」
「大丈夫よ……」
返事はある。だが、まだ声に力はない。
シルヴィアが答える。
「怪我は問題ありません。ただ、戦線復帰はもう少し休んでからでないと……」
「そうか」
レオンはすぐに判断した。
「シルヴィア、カイル。ここでエレナを頼む。回復次第、合流してくれ」
「分かったわ」
「了解した」
エレナは小さく不満そうに眉を寄せたが、何も言わなかった。
レオンは頷き、ダリウスとフィーネを伴ってリューン隊を追った。
旧市街地へ踏み込んだ瞬間、ダリウスが顔をしかめる。
「おいおい……なんだこりゃあ」
通りには、柵や杭、倒された荷車、崩した石材が並べられていた。
騎馬の進軍を阻むための仕掛けだ。
しかも、それは一つや二つではない。通りの至るところに配置され、騎馬の速度を殺すように作られている。
まるで、こうなることを最初から読んでいたかのようだった。
「サーレン……」
レオンが低く呟く。
「俺たちは下馬した方がよさそうだな」
リューン隊の騎馬は、障害物に阻まれながら進んでいる。そこへ建物の窓や屋上から矢が飛んでいた。
レオンは声を張った。
「リューン殿! 我々は歩兵として動きます!」
少し先で馬を操っていたリューンが振り返る。
「それは助かります! 奴ら、建物内部や屋上に隠れて矢を放ってくる。油断なきよう!」
ダリウスが剣を肩に担ぐ。
「俺たちで弓兵を潰して回るのがよさそうだな」
「ああ」
レオンが頷いた、その時。
フィーネが静かに一つの建物を指差した。
「それなら、まずあそこですね」
「分かるのか?」
「ええ。魔力の流れと気配で分かります。……まぁ、これでも魔族なので」
何でもないことのように言う。
ダリウスがにやりと笑った。
「頼りになるな、嬢ちゃん! 戦闘はこっちに任せとけ!」
フィーネは少し意外そうに、レオンを見上げた。
「……戦わないほうが?」
レオンは短く迷い、そして言った。
「いや。君の好きにしてくれ」
「分かりました」
言うが早いか、フィーネは大鎌を手に建物へと駆け込んだ。
「お、おい!」
ダリウスが慌てて声を上げる。
レオンは苦笑した。
「やはりこうなったか……」
「嬢ちゃんは大丈夫なのか?」
「まあ……大丈夫だろう」
二人も後を追って建物内へ入る。
薄暗い室内。
床には既に数人の弓兵が倒れていた。
斬撃の跡は鋭く、迷いがない。
ダリウスが低く口笛を吹く。
「すげぇな……あの嬢ちゃんがやったのか?」
「ああ。フィーネはかなりの手練れだ」
「おいおい。そんな重要なこと、みんなに言わなくていいのかよ」
レオンは倒れた敵を確認しながら答えた。
「言ったら間違いなく拘束するだろう。カイルあたりが」
「そりゃそうだが……」
「今は任意同行という形なんだ。俺は助けてもらった恩もある」
ダリウスは少しだけ目を細めた。
「俺はいいけどよ。他の奴らは違うと思うぞ」
「だからダリウスと来たんだよ」
「なるほどね……」
その先で、フィーネが大鎌を担いで待っていた。
足元には、弓兵たちが転がっている。
「終わりました」
透き通った瞳で、事もなげに言う。
その場の血なまぐささと、彼女の白い肌や淡々とした声が、どうにも噛み合わない。
ダリウスが呟く。
「とんでもねぇ嬢ちゃんだ」
「魔族の嗜みですよ」
「どんな嗜みだよ……」
レオンが思わず突っ込む。
フィーネは窓から外を見て、次の建物を指差した。
「次はあちらですね」
「ああ。だが、一人で突入するのはやめてくれないか。心臓に悪い」
「心臓によく効くお薬を出しておきましょうか?」
「そういうことじゃなくてだな……」
ダリウスが笑う。
「レオンは嬢ちゃんのことが心配ってことみたいだぜ」
フィーネは少しだけ目を瞬かせた。
「はぁ……まぁ、そういうことなら」
レオンは内心で首を振る。
(違うが……そういうことにしておこう)
ダリウスが剣を構え直した。
「じゃ、次からは一緒に行こうぜ!」
三人は次の建物へ向かう。
ヴァルミナ旧市街地の戦いは、ここからさらに激しさを増していくのだった。




