ヴァルミナ攻防戦⑦
<さらなる罠>
マーリスは隊列の最後方付近で周囲を警戒しながら進軍していた。
先頭ではレオン達が建物へ入り、潜んでいる弓兵を排除する。
安全が確認されるたびに、リューン隊が騎馬のまま少しずつ前進する。
その繰り返しだった。
狭い路地には依然として障害物が残されていたが、一つずつ着実に突破している。
あと少し。
この隘路を抜ければ、一気に道が開ける。
「このまま押し切れそうですね」
隣を進む兵が小さく呟いた。
マーリスも静かに頷く。
「ええ……レオン様達のおかげです。」
先頭では三人が次の建物へ向かっている姿が見える。
その時だった。
――ドォンッ!!
突如、大地を揺るがすような轟音が響いた。
マーリスは反射的に顔を上げる。
「あ……」
レオン達が入った三階建ての建物が、大きく傾いていた。
柱が折れ、壁が崩れ、屋根がゆっくりと沈み込んでいく。
「レオン様!」
叫ぶ間もなく。
ゴゴゴゴゴッ――!!
建物は巨大な土煙を巻き上げながら完全に崩壊した。
砂煙が立ちこめ、中の様子はまったく見えない。
マーリスは手綱を引いた。
「行かなくては!」
駱駝を走らせようとした、その瞬間だった。
「おい! 崩れるぞ!!」
左手から悲鳴のような叫び声が響く。
「えっ?」
振り向く。
通り沿いに建つ建物が、不自然に傾いていた。
「まさか――」
次の瞬間。
メリメリメリッ!!
柱が折れ、建物全体がこちらへ倒れ始める。
「退避!」
マーリスは咄嗟に叫んだ。
「離れて!」
駱駝を後退させながら兵達へ手を振る。
兵達も慌てて馬首を返す。
直後。
ドガァァァン!!
建物が大地を揺らしながら崩れ落ちた。
砕けた木材や瓦礫が辺りへ飛び散る。
さらに。
ボウッ――!
崩れた建材の隙間から炎が吹き上がった。
「火……?」
炎はあっという間に燃え広がる。
油でも仕込まれていたのか、その勢いは異常だった。
熱風が顔を叩く。
燃え落ちた柱や瓦礫も重なり、巨大な炎の壁となって通路を塞いでしまった。
「これは……」
マーリスは息を呑む。
炎の向こう側。
揺らめく熱気の先に、リューンの姿が見えた。
リューンもまたこちらを見ている。
互いに何が起きたのか、一瞬で理解した。
「分断……された?」
その言葉を裏付けるように。
「うおおおおっ!!」
炎の向こうから野盗達が一斉に姿を現した。
隠れていた敵が、リューン隊へ雪崩れ込む。
さらに。
「こっちにも敵だ!」
背後から兵士の声。
振り返れば、こちら側にも別働隊が現れていた。
マーリスは歯を食いしばる。
(隘路へ誘い込み……退路を断って各個撃破する……。)
建物の崩壊も。
この炎も。
すべて最初から仕組まれていた。
サーレンは、この街そのものを罠に変えていたのだ。
「リューン殿!」
マーリスは炎越しに叫ぶ。
リューンは一度だけ目を閉じた。
状況を整理するように。
そしてすぐに目を見開く。
「白銀!」
力強い声が炎を越えて届く。
「貴殿はそちらの兵を率いて一度下がれ!」
マーリスは息を呑む。
「別の道を探せ!」
迷いのない命令だった。
リューンはすぐさま兵達へ向き直る。
「聞け!」
その声だけで兵達の視線が集まる。
「我らの活路は前方のみ!」
剣を高々と掲げた。
「雑兵を蹴散らし、この道を切り開くぞ!!」
「「おおおおおっ!!」」
鬨の声が響く。
兵達の士気が一気に燃え上がる。
炎の向こうで、リューン隊はそのまま敵陣へ突撃していった。
マーリスはその姿を見つめる。
そして、崩れた建物の方へ視線を移した。
土煙はまだ晴れない。
レオン達の姿も見えない。
(レオン様……。)
助けに行きたい。
今すぐ駆けつけたい。
だが。
マーリスは静かに目を閉じた。
一呼吸だけ置き、覚悟を決める。
今、自分には守るべき兵達がいる。
リューンから託された役目がある。
ならば――。
マーリスは駱駝の手綱を強く握った。
「我らは一度下がる!」
兵達が一斉に振り向く。
「私に続け!」
「はっ!」
返事が重なる。
マーリスは乱れかけた隊列を素早く整え、兵達を先導する。
焦る兵へ声を掛け、遅れる者を待ち、進路を示す。
これまで幾度も積み重ねてきた実戦の経験が、自然と身体を動かしていた。
炎の向こうでは、なおもリューン隊の雄叫びが響いている。
一方で。
レオン達が埋もれた建物からは、何の反応も返ってこなかった。
(どうか……。)
マーリスは胸の中で静かに祈る。
(どうか、ご無事で。)
その願いを胸にしまい込み、彼女は兵達を率いて別ルートを探すため、旧市街地へ駱駝を走らせた。




