ヴァルミナ攻防戦③
<サーレン視点>
ヴァルミナの中心部。
かつてこの街を統べていた領主の邸宅は、今もその威容を保っていた。
外は荒れ、壁は崩れ、通りには瓦礫が積もっているというのに、この建物だけは異様なほど整っている。
その奥。
かつて執務室として使われていた一室で、一人の男が椅子に腰かけていた。
細身の体躯。浅黒く焼けた肌。口元には整えられた髭。
だが、最も印象的なのはその眼だった。
鋭く、獲物を見定めるような光を宿している。
男の名は、サーレン。
このヴァルミナを拠点とし、野盗たちを束ね、組織へと変えた張本人である。
机の上には、数枚の書類が整然と並べられていた。
街の配置、物資の流れ、人員の配置——それらが几帳面に整理されている。
サーレンは一枚の書類に目を落とし、静かに目を走らせていた。
やがて、それを机に置く。
ふう、と短く息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。
窓辺へと歩み寄り、外を見下ろす。
街全体が見渡せる位置だ。
門の方向も、はっきりと視界に入る。
その光景を眺めながら、サーレンは何かを測るように目を細めた。
その時——
「サーレン様」
扉が開き、一人の男が入ってくる。
屈強な体つきの男だった。だが、その表情にはどこか緊張が混じっている。
「なんだ」
サーレンは振り返らずに応じた。
「門の方で戦闘が開始されたようです」
「ほう」
興味を示すように、わずかに声が動く。
「しかし、敵は少数とのこと。……突破されることはないかと思われますが」
その報告に、サーレンはすぐには返事をしなかった。
沈黙。
ただ、視線だけがわずかに動く。
思考している。
それは、誰の目にも明らかだった。
やがて、ぽつりと呟く。
「……ふむ」
先ほどの書類。
逃げ帰ってきた者たちの報告。
密輸組織のアジトが襲われたこと。
野戦を仕掛けられたこと。
そして、この急襲。
点と点が、頭の中で繋がる。
「砂漠の狼、か」
その言葉に、部下がわずかに顔を上げる。
サーレンの視線は、すでに門の方へと向けられていた。
見えているわけではない。
だが、その先にいる存在を、確かに捉えているかのようだった。
「少数だからといって舐めてかかると痛い目を見るぞ」
静かに告げる。
「ぬかるなよ」
「は、はい!」
部下は慌てて頭を下げると、足早に部屋を後にした。
扉が閉まる。
再び静寂。
サーレンはゆっくりと振り返り、机の方へと歩いた。
「……来るべくして来たか」
小さく呟く。
そして、別の人物を呼びつける。
ほどなくして、もう一人の男が入室した。
こちらは先ほどの男とは違い、細身で整った身なりをしている。
「お呼びでしょうか」
「船の準備をしておけ」
簡潔な命令だった。
「……念のためにな」
その一言に、わずかな含みがある。
だが、部下は何も問わない。
「承知しました」
短く応じると、すぐに退出した。
再び、一人。
サーレンはゆっくりと窓へと歩み寄る。
そして、再び外を見る。
門。
その先。
まだ見えぬ敵。
——リューン。
視線が、まるでそこにいるかのように定まる。
互いに姿は見えない。
だが、確かに意識は交差していた。
戦いは、すでに始まっている。
静かに。
確実に。
この街を舞台にして。




