ヴァルミナ攻防戦②
<突入前>
ヴァルミナの街を見下ろす高台で、一行は足を止めていた。
ここまで来れば、もはや引き返すという選択肢はない。
眼下に広がるのは、かつて港町として栄えた面影を残しながらも、どこか歪んだ姿へと変わり果てた街だった。
急斜面に囲まれたその地形は、天然の要害と呼ぶに相応しい。
陸からの進入路は、ただ一つ。
その入口に据えられた門は固く閉ざされ、その上には武装した見張りが立っているのが見えた。
静まり返った街の中にも、同様の兵が巡回している。
——待ち構えている。
それは、誰の目にも明らかだった。
「……うむ、よろしくないな」
望遠鏡を覗いていたカイルが、ぽつりと呟いた。
「どうだ?」
レオンの問いに、カイルは視線を外さずに答える。
「門は封鎖されている。それに見張りの兵が上に配置されているな……弓も持っている。中にも同じような連中が巡回しているから、門に取り付けば一斉に押し寄せてくるだろう」
簡潔な報告だったが、その内容は重い。
レオンは眉をひそめる。
「他に入り口は?」
「……なさそうだ」
カイルはようやく望遠鏡を下ろし、周囲を見回す。
「陸路からはここだけだな。あとは海側から入るしかない。……守りやすい地形だ」
その言葉通りだった。
ヴァルミナは、急斜面に囲まれた平地に築かれている。外からの侵入を極端に制限する構造だ。
攻める側にとっては、最悪に近い条件だった。
「……正面突破するしかなさそうですな」
リューンが双眼鏡を下ろし、静かに言った。
迷いのない声音だった。
レオンはすぐに言葉を返す。
「攻城戦の装備はありませんが……」
破城槌も、梯子も、櫓もない。
本来ならば、準備を整えてから挑むべき戦いだ。
だが、リューンは首を横に振る。
「致し方ないでしょう。幸い、門の作り自体は防衛用としては粗末です。短時間であれば、力押しでも突破は可能でしょう」
淡々とした分析だった。
だがその裏には、明確な覚悟がある。
「時間をかければ、相手に準備を整えられる。……それが一番厄介なのです」
レオンはそれを聞いて、息を吐いた。
正論だ。
だからこそ、厳しい。
「策も何もないわね……」
エレナが呆れたように肩をすくめる。
「せめて梯子の一本でもありゃなあ」
ダリウスも同意するようにぼやいた。
「これだけの作りなら、普通はあっさり落とせるんだがな」
現実は違う。
準備不足。
それが、そのまま重くのしかかっている。
急襲の代償だった。
「エレナ」
レオンが呼びかける。
「君の魔法で、何とかならないものか?」
「そうね……」
エレナは顎に手を当て、街を見下ろす。
「……あそこの斜面、少し低くなってるでしょ。あそこからなら、風を使って降りることはできるわね」
レオンは目を細めた。
「侵入できるか?」
「できなくはないわ」
あっさりとした答え。
だが、続く言葉は重い。
「でも、基本は単独ね。複数は無理。……それに見つかれば、即包囲よ」
つまり——成功すれば奇襲、失敗すれば孤立。
完全に賭けだ。
「私の防護魔法をかけた状態であれば……」
シルヴィアが口を開く。
「レオンさんかダリウスさんなら、多少強引に降りても問題ないかと」
「いや、それだと音が出るな」
カイルがすぐに否定した。
「潜入の意味がなくなる」
「……そうか」
レオンは短く考え込む。
そして、顔を上げた。
「門の前で敵を引きつけている間に、エレナが侵入して開ける……それはどうだ?」
一瞬、静寂が落ちる。
エレナが小さく息を吐いた。
「……あまりやりたくはないけど」
肩をすくめる。
「それしかなさそうね」
受け入れた。
その時、リューンが口を開く。
「それなら、陽炎の効果を付与しましょう」
全員の視線が集まる。
「視界を歪ませ、認識をずらす。完全ではありませんが、発見される確率は下げられるでしょう」
「それはありがたいな」
レオンが頷く。
ダリウスはニヤリと笑った。
「よし、それならこっちは派手に暴れりゃいいんだな」
「得意分野でよかったじゃないか」
カイルが淡々と返す。
それぞれの役割が、自然と定まっていく。
レオンは一度、全員を見渡した。
「では、この案で……問題ありませんか?」
「それで行きましょう」
リューンが即答する。
他の者も、それに続いた。
異論はない。
あるのは、覚悟だけだ。
少し離れた位置で、フィーネがそのやり取りを眺めていた。
特に口を挟むこともなく、ただ静かに。
その表情からは、何を考えているのか読み取れない。
だが——
ほんのわずかに、口元が緩んだようにも見えた。
再び、静寂が訪れる。
風が、草を揺らす音だけが響く。
眼下のヴァルミナは、変わらず静かに佇んでいる。
だがその静けさの裏に、確かな敵意が潜んでいることを、誰もが理解していた。
レオンはゆっくりと手綱を握り直す。
次の一歩が、そのまま戦闘の始まりになる。
——静から動へ。
その境界に、彼らは立っていた。




