ヴァルミナ攻防戦①
<移動中のレオン達>
荒れ果てた旧街道を、馬の蹄が乾いた音を立てて進んでいく。
かつては交易で賑わったであろうその道も、今では見る影もない。石畳は崩れ、ところどころは土に埋もれ、伸び放題の雑草が道を侵食している。横倒しになった荷車の残骸や、朽ちた標識が風に揺れ、かすかな軋みを立てていた。
人の気配は、どこにもない。
ただ、風だけが通り抜ける。
その静けさは、不思議なほどに重く、まるでこの先にあるものを拒むようでもあった。
ヴァルミナ。
かつて王国の港町として栄えた場所は、今や廃墟と化し、野盗と海賊の巣窟となっている。
その「死んだ街」へ向かっているのだという実感が、言葉にせずとも一行の胸に沈んでいた。
自然と、誰もが口数を減らしていた。
そんな中、レオンは隣を進むリューンへと視線を向ける。
「本当に……よろしいのですか」
馬上のまま、静かに問いかけた。
「後続を待ったほうが、有利になるかと思いますが」
現在の戦力は、決して万全とは言えなかった。
聖騎士隊は元より少数だ。リューン隊もまた、負傷兵を副官に預けて後方へ送ったため、数を大きく減らしている。さらに、諸消耗の激しいミレイユやリーナも砦へと戻った。支援の要となる存在を欠いたままの進軍だ。
後詰の部隊は控えている。だが、まだ合流には時間がかかる。
それを待てば、戦いは確実に有利になる。
——普通であれば。
リューンは一瞬、目を細めた。
「よいのです」
短く、しかし迷いのない声だった。
「不安に思われる気持ちは理解できます。……本来であれば、私もそれが正道だと考えます」
そこまで言って、わずかに間を置く。
そして、続けた。
「しかし、相手がサーレンとなれば話は別です」
その名を口にした瞬間、空気がわずかに張り詰めた。
「奴は、時間を与えるほど厄介になる。隠れ、逃げ、次の手を打つ。……一度見えた尻尾は、掴むまで追い続けなければならないのです」
リューンの視線は前方、荒れた道の先を見据えている。
「それが、どれほど厳しい戦いになろうとも」
その声音には、いつもの飄々とした軽さはなかった。
ただ、確固たる意志だけがあった。
「……」
レオンはそれ以上、言葉を重ねなかった。
マーリスもまた、同様に沈黙する。
「……レオン様」
しばらくして、マーリスが口を開いた。
彼女は相変わらず駱駝に騎乗している。彼女の愛馬もまた砦へと引き返した。駱駝にまたがるその姿はどこか場違いでありながら、今ではすっかり隊の一部として馴染んでいた。
「ダリウス殿が魔族と交戦していたことは、ご存知ですね?」
「ああ」
レオンは頷く。
「高台からも見ていたし、直接話も聞いた。……恐ろしい相手だったということだ」
「それが……妙なことがありまして」
マーリスは、やや言い淀むように言葉を選んだ。
「私は一度、落馬してしまったのですが……その際、遠距離からの攻撃が飛んできまして」
「攻撃?」
「はい。結果的に、その攻撃によって……私に迫っていた野盗の勢いが削がれ、助けられる形になりました」
レオンは眉をひそめる。
「……魔族の攻撃で、か?」
「ええ」
あまりにも不自然な話だった。
「私を助ける理由など、ないはずなのですが……」
レオンもまた、首を傾げる。
「単純に野盗を狙っただけにしては、タイミングが良すぎるな。……かといって、助ける意図があったとも思えん」
「案外、適当に撃っただけだったりしてね」
横からエレナが口を挟んだ。
「そんなわけないだろ……」
レオンは反射的に否定するが、言い切ることはできなかった。
(魔族といえば……)
ふと、背後へと視線を送る。
そこには、同じ馬に同乗しているフィーネの姿があった。
「あんまりチラチラ見ないでくださいね、変態さん」
すぐに気づかれ、軽く釘を刺される。
「……その呼び方、やめないか?」
「やめませんけど?」
全く気にした様子もない。
「攻撃の件については……まぁ、魔王軍の方々なら、何も考えてなかったりするんじゃないですかね」
あっさりと、そう言った。
「そんな馬鹿な……」
マーリスが思わず否定する。
だがフィーネは肩をすくめるだけだった。
「案外、そんなものですよ」
その言い方は、どこか含みを持っているようでもあった。
しかし、それ以上は何も語らない。
レオンは一瞬だけ彼女を見たが、深くは追及しなかった。
「……まぁ、文化の違いというやつかもしれないな」
「あなたね……」
エレナが呆れたようにため息をつく。
「ところでレオン様……その女性は……」
マーリスがフィーネを見つめながら話しかける。
「ん?さっきも話した通り、魔族のフィーネだ」
「いえ、それはわかってますが……、なんか妙に親しげというか馴れ馴れしいというか……」
マーリスとしては、レオンの馬に同乗して親しげな雰囲気があるフィーネが気になっていた。
「そうか?」
「そうでしょうか?」
「マーリスも大変ね……」
……
少し後方では、別のやり取りが交わされていた。
「嬢ちゃんも、あそこに行かなくていいのか?」
ダリウスが軽い調子で問いかける。
視線の先には、レオンとフィーネの姿。
シルヴィアは一瞬だけそちらを見たが、すぐに前を向いた。
「……いえ、私は私の仕事をこなすだけですから」
「特に今は仕事もないだろうに……」
「それでもです」
言葉は穏やかだが、きっぱりとしていた。
カイルが横から口を挟む。
「意地っ張りは損をするだけだぞ」
「……あなたに言われたくはありません!」
即座に言い返すシルヴィア。
そのやり取りを見て、ダリウスは小さく笑った。
それぞれが、それぞれの想いを抱えたまま。
隊は進む。
静かに。
確実に。
やがて訪れる戦いへと、足を踏み入れていくのだった。




