宴もたけなわ⑤
<ヴォルク達の出航>
ラグノール近海――。
帆に風を受けた船が、ゆっくりと、しかし確実に進んでいた。
甲板の上では、魔族たちがそれぞれ武器の手入れや装備の確認をしている。
その中央で、ヴォルクが大きな声を張り上げた。
「ヴァルミナへ殴り込みだ! お前ら、しっかり準備しとけよ!」
「へいっ!」
威勢のいい返事が返る。
その様子を横目に、クラリスが腕を組んだ。
「ずいぶん急に出発したもんだな……」
つい先ほどまでラグノールにいたはずだ。
リリスからの連絡を受けたかと思えば、ほとんど間を置かず出航。
あまりにも展開が早い。
ヴォルクは肩をすくめた。
「こういうのは鮮度が命だからな」
「とはいえなぁ……」
クラリスは少し顔をしかめる。
「リリスは待たなくてよかったのかよ」
情報を伝えてくれた本人を置き去りにした形だ。
ヴォルクはあっさりと言い放つ。
「いない奴が悪い」
「いや、情報くれたのリリスなんだが……」
「それで敵を逃したほうが問題だろ」
「まぁそりゃそうなんだが……」
納得しかけたその時。
甲板のあちこちから、ざわめきが上がった。
「おい、なんか来るぞ!」
「空だ!」
クラリスが顔を上げる。
「なんだあれ?」
青空の中に、一つの影があった。
それは、風を切るように滑空しながらこちらへ向かってくる。
そして――
甲板へと軽やかに着地した。
「よっと……」
スカートの裾を軽く払う仕草。
リリスだった。
「おお、リリスじゃないか!」
クラリスが声を上げる。
ヴォルクは目を細めた。
「そんな芸当できたんだな……」
船は陸からそう遠くないとはいえ、それでも普通は届く距離ではない。
向こうに見える崖から跳んで、風魔法で滑空してきたのだろう。
リリスはワイングラスを片手に、ずいっと詰め寄る。
「私を置いていこうとしてたでしょ! そうはいかないわよ!」
クラリスが苦笑する。
「いやー、私は止めたんだけどな」
ヴォルクは特に悪びれもなく答えた。
「いいだろ別に……」
「まったく……」
リリスはため息をつく。
「まぁいいわ。それより――」
ちらりとクラリスを見る。
「どうやら聖騎士達も同じ場所に向かっているらしいわよ」
クラリスの表情が変わる。
「ええっ? そうなのか?」
「あっちも同じ敵を追ってるみたいね。陸路でヴァルミナを目指してるそうよ」
ヴォルクが口元を歪める。
「ほう……じゃあ両方ぶっ飛ばせばいいな」
「いやいやいや、待ってくれ!」
クラリスがすぐに制止する。
「さすがにあいつらとは戦わないぞ、私は」
かつて共に戦った仲間たち。
レオンの顔が脳裏に浮かぶ。
リリスも肩をすくめる。
「そうよ。今回は戦うメリットがないもの」
そして付け加える。
「それにフィーネちゃんも、聖騎士達と一緒にいるみたい」
「は?」
ヴォルクが目を見開く。
「なんか経緯はよく分からないんだけど……楽しんではいるみたいよ」
「どういうことだよ……」
リリスはさらに続ける。
「それともう一つ。フローラちゃん率いるルシアンとフェンリル達も、別ルートでヴァルミナに向かってるみたい」
クラリスが眉をひそめる。
「は? フローラ? あいつが率いてんの?」
「フローラちゃんは実質ナンバー2だからね」
「そうなのかよ……」
ヴォルクが腕を組む。
「で、なんでそんなことになってんだ?」
リリスは少しだけ考え、答えた。
「ピクニックに行ってたみたいなんだけど……」
一拍置く。
「その二次会、らしいわ」
沈黙。
「……意味が分からん」
ヴォルクが言う。
「私もだ」
クラリスが続く。
リリスも肩をすくめた。
「私もよ」
そして軽く笑う。
「まぁ……とにかく、ヴァルミナは大混乱になりそうね」
ヴォルクの口元が吊り上がる。
「上等じゃねえか。俺が一番暴れてやるぜ」
一方、クラリスは顔をしかめた。
「レオン達いるのか……さすがに魔族と一緒にいるのを見られるのはまずいぞ……」
ヴォルクはあっさりと言う。
「何が悪いんだよ。いいじゃねえか別に」
「よくない!」
クラリスが即座に返す。
「私は利害が一致してるから一緒にいるだけで、魔族の味方になったわけじゃないの!」
ヴォルクは軽く頭をかく。
「おお……知ってるよ」
「絶対分かってないだろ……」
リリスが苦笑する。
「ごめんねクラリスちゃん、こいつそういうところ気が利かないのよ」
「なんだよまったく……」
ヴォルクはぽりぽりと頭をかいた後、ふと思い出したように言った。
「じゃあとりあえず、これでも着けとけ」
ぽいっと何かを投げる。
クラリスが受け取る。
「これは……お面か?」
白い狐の面。
ヴォルクが頷く。
「この前海賊を襲った時に拾ったやつだ。それ被っときゃ大丈夫だろ」
「本当かぁ……?」
半信半疑のまま被ってみる。
リリスが目を細めた。
「あら〜、よくお似合いよ」
そして少し感心したように続ける。
「それにこれ、少し魔法がかかってるわね。正体がバレにくくなってる……意匠からして東の国の物かしら」
クラリスは面越しに視界を確認する。
「思ったより見えやすいな……戦闘には問題なさそうだが……」
少し不安げに呟く。
「大丈夫かなぁ……」
その不安をよそに。
船は風を受けて進み続ける。
遠く、水平線の向こうに――
かすかに陸影が見え始めていた。
すべての思惑が、そこへと収束していく。
ヴァルミナへと。




