混乱する戦場⑲
<報告と決断>
丘陵の上に、戦いの余韻がまだ残っていた。
焦げた地面、散乱する武具、遠くで潰走していく野盗たち。
その中で、レオンたちはダリウス隊と合流していた。
ダリウスが真っ先にミレイユに気づく。
「おう嬢ちゃん!助かったぜ!」
豪快な声だった。
それだけ、先ほどの戦いが切迫していたということだろう。
ミレイユはまだ息を整えきれていない様子で、軽く頭を下げた。
「いえ……それほどのことは……」
その隣で、マーリスもこちらへ歩いてくる。
どうやら追撃はほどほどに切り上げてきたらしい。
そして――
ミレイユは姉の姿を見て、思わず目を瞬かせた。
「姉さん……って、なにそれ」
マーリスは、相変わらず駱駝に乗っていた。
その駱駝が、のんびりとした顔でミレイユに鼻先を近づけてくる。
「……これは」
マーリスは少しだけ言葉に詰まった。
「途中から、こういうことになったのよ」
色々とありすぎて、うまく説明できない。
エレナが横から言う。
「あなたの馬なら見つけたわよ。だいぶ疲弊していたみたい」
そう言って後ろを指さす。
そこにはマーリスの馬がついてきていた。
レオンが頷く。
「シルヴィアが回復魔法をかけてくれたんだ。それでかなり良くなった」
ふと周囲を見回す。
「そういえばシルヴィアは?」
カイルが短く答える。
「あそこだ」
指さす先では、シルヴィアとリューンが話していた。
どうやら――
リューンがシルヴィアの活躍を絶賛しているらしい。
「戦場の合間を走り回り、回復魔法と補助魔法を配りながら、自らも武器を取って戦う――!」
リューンは熱のこもった声で言った。
「その姿はまさに戦場の聖女ですな!このような方がいれば王国の騎士たちも心強いでしょう!」
シルヴィアは困ったように笑っている。
「い、いえいえ……」
そのとき、マーリスが声をかけた。
「リューン殿!」
リューンが振り向く。
そしてマーリスを見るなり、目を輝かせた。
「おお、白銀殿!」
一歩近づき、大仰に手を広げる。
「聞きましたぞ!砂漠の英雄のように駱駝に乗って戦ったと!」
エレナは思わず眉をひそめた。
「……砂漠の英雄?」
横でダリウスが小声で説明する。
「バルヴェルク国の逸話でな。駱駝に乗って戦う英雄の話があるらしい」
レオンが少し驚く。
「そんな話があるのか?」
ダリウスは笑った。
「緊急だったとはいえ、マーリスが駱駝に乗ったもんだからよ。リューン隊の連中、テンション爆上がりだったらしい」
エレナが呆れた顔をする。
「なにそれ……」
ミレイユが小さくため息をついた。
「姉さんって妙にリューン隊の中で人気あるのよね……」
レオンは苦笑したが、すぐに表情を引き締める。
「とにかく、リューン殿と話をしなくてはな」
歩み寄る。
「リューン殿」
リューンが振り向いた。
「おお、レオン殿!ご無事で何より」
そして、レオンの後ろに立つ二人に気づく。
「む?そちらの二人は……?」
レオンが説明する。
「こちらはリーナ。野盗たちの捕虜になっていたところを救出しました」
リーナが小さく頭を下げる。
「そしてこちらは……魔族のフィーネです」
魔族。
その言葉に、周囲の空気がわずかにざわついた。
リューンは少し目を丸くする。
「魔族の姫君とは……」
フィーネは即座に言った。
「姫ではありません。メイドです」
一瞬、妙な沈黙が流れる。
リューンは咳払いした。
「む、そ、そうか……」
そして気を取り直す。
「して、このフィーネ殿はどのような経緯で?」
レオンは簡潔に説明した。
潜入前に盗賊と戦っていたこと。
助けに入ったこと。
潜入中は協力してくれたこと。
現在は任意で監視付き同行をしていること。
リューンは頷いた。
「なるほど……」
そして穏やかに言う。
「まあ、レオン殿の判断に口を挟むことはないでしょう」
それから本題に入る。
「して、アジトでは何かわかりましたかな?」
レオンは懐から紙を取り出した。
「はい。これを……」
リューンに手渡す。
リューンの目が、紙に落ちる。
その瞬間――
表情が変わった。
飄々とした雰囲気が、すっと消える。
「……これは」
レオンが言う。
「バルヴェルクの印が押してあります。真偽を伺いたく」
リューンの手が、わずかに震えていた。
「……アジトで見つかったと?」
「はい」
カイルも口を挟む。
「執務室のような部屋に保管されていた」
リューンは副官を呼ぶ。
「おい、これを見ろ」
副官も紙を見て、息を呑んだ。
「これは……」
リューンが静かに言う。
「あの印は……本物です」
レオンが目を見開く。
「なっ!」
カイルも眉をひそめた。
「それは聞き捨てならんぞ」
リューンはゆっくり息を吐く。
「しかし問題は――」
紙を見つめながら言う。
「誰が押したのか、ということです」
ダリウスが腕を組む。
「どういうことだ?」
リューンは話し始めた。
「その印は、本来王命文書に押されるものです」
「この世に一つしかないと言われていますが……」
少し間を置く。
「実は予備が存在します」
カイルが小さく笑う。
「……ほう」
リューンは続ける。
「そして数カ月前、その予備の印が消失する事件が起きました」
レオンが声を上げる。
「大事件じゃないか!」
「ええ」
リューンは頷いた。
「しかし国家の権威に関わるため、公表できなかった」
「秘密裏に調査が進められました」
そして言う。
「下手人の目星はついていた」
カイルが問う。
「誰だ?」
リューンの目が鋭くなる。
「サーレンという男です」
レオンたちは顔を見合わせた。
リューンは続ける。
「一月ほど前、その者が国内から王国方面へ逃げたという情報が入りまして」
「私に調査の命が下されたのです」
エレナが言う。
「つまり今回の援軍は……」
リューンが頷く。
「援軍と、調査」
「両方の任務です」
カイルがもう一枚の紙を差し出す。
「ではこれはどう思う?」
リューンが受け取る。
「これは……」
目を細める。
「本拠地か?」
カイルが頷く。
「密輸組織のアジトにサーレンはいなかった」
「ならば、この場所にいると思わないか?」
リューンはしばらく考えた。
そして――
顔を上げる。
「……ヴァルミナか」
小さく呟く。
そして言った。
「では、出発しましょうか」
レオンが驚く。
「今からですか!?」
リューンは静かに言った。
「サーレンは狡猾です」
「密輸組織のアジトが落ちたことは、すぐに知るでしょう」
「そうなれば逃げる」
紙を握る。
「その前に尻尾を掴む」
レオンは頷いた。
「なるほど……」
リューンは言う。
「同行してくれとは言いません。これは私たちの問題ですので」
レオンは即答した。
「いや、俺たちも乗りかかった船だ。最後まで突き合わせてもらう」
カイルが口を挟む。
「リーナはどうする?」
捕虜から救出されたばかりだ。
副官が言った。
「それならば私が負傷兵を連れて砦へ戻ります」
「よろしければお送りしましょう」
ダリウスが頷く。
「なるほど、それなら安心だ」
副官は続ける。
「砦に残っているリューン隊を交代で増援として送ります」
リューンが頷いた。
「うむ」
そして周囲の兵たちに向けて声を上げる。
「しばし休息!」
「その後――」
剣の柄を叩く。
「ヴァルミナへ向けて進軍する!」
丘陵の上に、再び緊張が走った。




