混乱する戦場⑰
<野盗たち退却、魔王軍も退却>
爆炎が風に流され、黒煙がゆっくりと空へとほどけていく。
レオンは、高台の縁に立ったまま、しばらく動かなかった。
「……ふう」
ようやく、肺の奥に溜め込んでいた空気を吐き出す。
気づけば、無意識に剣の柄を握り締めていた。指が白くなっている。
「ミレイユ、ありがとう。よくやってくれた」
振り返ると、ミレイユはその場に膝をつきかけていた。エレナが素早く肩を支える。
「いえ……」
言葉は途切れ途切れだ。額には玉のような汗。指先がわずかに震えている。
大魔法を二発。
それがどれほどの負担か、レオンにも分かっていた。
「無理しないで。今は休みなさい」
エレナが静かに言う。
その視線はすでに戦場へ戻っていた。
――野盗は、崩れている。
中央を穿たれたことで隊列は瓦解し、逃走に近い退却を始めている。駱駝に騎乗したマーリスが即座に追撃を指示していた。
「こちらは……大丈夫そうだな」
レオンが呟く。
では魔王軍は――。
爆心地のあたりで、煙の中を魔族たちが動いている。
倒れた指揮官を回収しているらしい。
一方フェンリルはすでに退却していた。魔狼たちにはまだ余裕がありそうだが、今回はこれまでということなのかもしれない。
リューン隊も深追いを警戒し追撃はしないようだ。
「終わったようだな」
カイルが双眼鏡を下ろした。
「ルシアンとやら……あれで仕留められたと思うか?」
「それはありませんよ」
即答したのはフィーネだった。
皆の視線が彼女に向く。
「魔族はあれぐらいでは死にません。しばらく戦闘不能になるとは思いますけど」
あっさりと告げるその声音に、レオンは苦笑する。
「相変わらずめちゃくちゃな奴らだな……」
だが同時に、安堵もあった。
遠くで、魔狼の群れが後退していくのが見える。
指笛ひとつで整列し、名残惜しそうに数歩振り返りながらも、群れはきれいに引いていく。
戦場が、静まり始めていた。
「あの……」
小さな声が割り込む。
リーナだった。
「向こうの方たちが、手を振ってます」
指差す先――ダリウスが大きく腕を振っている。
レオンは目を細めた。
「……行くか」
その一言で、空気が少しだけ和らぐ。
「色々報告もあるしね」
エレナが頷く。
そのとき。
「では、私はここで」
フィーネがさらりと言った。
踵を返しかける。
「待て」
カイルが即座に声を上げる。
「どさくさに紛れて逃げようとするな」
「ダメでしょうか」
小首を傾げるフィーネ。
レオンは一瞬だけ、彼女を見つめた。
――今回の戦い。
ポーション。
情報。
照準の助言。
彼女がいなければ、ここまで鮮やかに決着しなかった可能性もある。
だが。
(信用は……まだできない)
敵か、味方か。
あるいはそのどちらでもない何かか。
レオンは静かに言った。
「……まだ一緒に来てもらう」
フィーネは小さくため息をつく。
「仕方ないですね。もう少しだけ変態さんに付き合ってあげます」
「その呼び方、そろそろやめないか?」
「?? 何でです?」
本気で分かっていない顔。
エレナが肩をすくめる。
「諦めなさい」
レオンは額を押さえた。
戦場の緊張は解けた。
だが、問題が解決したわけではない。
それでも。
仲間たちは無事だ。
レオンは高台から最後にもう一度、戦場を見下ろした。




