↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
309/325

混乱する戦場⑮

<ミレイユの魔法攻撃>


 高台の上から見下ろす戦場は、まるで荒れ狂う海のようだった。


 砂煙が幾筋も立ち上り、金属がぶつかる鈍い音が断続的に響く。怒号と悲鳴が混ざり合い、ひとつの巨大な唸り声となって空を震わせていた。


 レオンは崖の縁に立ち、じっとその光景を見つめている。


「……難しい状況だな」


 低く呟いた声は、風に溶ける。


 視線の先では、ダリウスの陣が魔族の群れに押し込まれていた。盾列は崩れず持ちこたえているが、突撃の勢いは凄まじい。まるで暴走する獣の群れだ。


 剣に手が伸びる。


 ――今なら間に合う。


 そう思う自分がいる。


 だが、背後には三人。


 カイル。リーナ。そしてフィーネ。


 カイルは聖騎士団員ではあるが非戦闘員。リーナは救出されたばかりで装備も心許ない。そしてフィーネは――魔族だ。


 今はおとなしくしている。だが、完全に信用できる存在ではない。


(俺が前に出れば……この高台は空く)


 ここは安全地帯ではない。


 戦場を俯瞰し、判断を下すための中枢だ。


 もしここが崩れれば、全体が崩壊する。


「頭では分かっているんだがな……」


 それでも、胸の奥が焦げるように熱い。


「変態さん、暇そうですね」


 横から声がした。


 フィーネだ。いつも通りの、どこか抜けた調子。


「暇というわけじゃない」


 レオンは視線を外さずに答える。


「あの魔族たちとは知り合いか?」


 戦場の奥で指揮を執る影を示す。


「まぁ、知っている人もいますね」


 曖昧な返答。


(だいたい知ってますけど)


 フィーネは心の中で付け加える。


「あれがフェンリルか?」


「そうですね。のんびりしてるのがフェンリルさんです」


「のんびり、だと?」


 確かに魔狼は野盗を翻弄しているが、本気で噛み砕いている様子はない。


「……で、あちらがルシアンですね」


 フィーネが別方向を指す。


「知り合いか?」


「いえ、全く。……メイドですので」


 レオンはじっとフィーネを見る。


 本当か?


 だが、それを追及する余裕はなかった。


「戻ったわ!」


 振り向くと、エレナが馬を駆けさせて高台に戻ってくる。


 その後ろには、ミレイユ。


 馬から降りた彼女は、明らかに消耗していた。


「無事だったか」


 レオンは一瞬だけ安堵するが、すぐに指揮官の顔へ戻る。


(この消耗具合では大魔法は難しいのではないか……?)


 レオンの懸念にエレナも同意見だったようだ。


「魔力を回復するポーション、誰か持ってない?」


「ありますよ」


 即座にフィーネが小瓶を差し出した。


 ―しかし…、


「待て」


 カイルが制する。


「そいつの出したものを信用するのか?」


 空気がわずかに張り詰める。


 カイルの言わんとすることを受け止め、レオンは迷わず瓶を受け取った。


「分かった……俺が先に飲む」


 一口、含む。


 微かな甘味と、魔力が身体に染みる感覚。


「……問題ない。回復薬だ」


 フィーネはふん、と鼻を鳴らす。


「当然です」


 ミレイユが飲むと、淡い光が彼女の身体を包んだ。


「……すごい……魔力が戻ってきます」


 驚いたのはカイルのほうだった。


「君が作ったのか?」


「はい。薬師もやってますので。……メイドですけど」


「これだけの薬を作れる奴が下っ端か?果たして本当にそうか?」


 意味が分からない、とカイルは眉をひそめる。


「カイル、その話は後だ」


 レオンが断ち切る。


「ミレイユ、大火球は撃てるか?」


「はい……今なら、二発はいけます」


 静かに息を吐くレオン。


「一発は野盗に撃つとして……問題は、残り一発の狙いをどうするかだな」


 フィーネのことから頭を切り替えてカイルが言う。


「……普通に考えればダリウス達の正面にいる本隊だろう。脅威度が高いのはあちらだ」


「でも……魔狼が温存されているのも気持ち悪いのよね」


 エレナが腕を組む。


 レオンは両方を見比べる。


(どちらも正しい)


 だからこそ迷う。


「フィーネはどう思う」


「なぜそいつに聞く?……そいつは敵だろ」


 カイルが不満げに言う。


「しかし、魔王軍内部からみた意見は貴重だ。おれはそれを聞いてみたい」


 レオンの視線を受け、フィーネは少しだけ考える。


(フェンリルさんは本気じゃない……あれは遊びでしょうね。でもルシアンさんは……あの強化魔法を使いましたね。禁止されてたのに)


 そしてほんの少し、むっとする。


(そういえばこの前私のポーション、賭け金代わりにしたんですよね……)


「……あちらです」


 あちらといいながら、遠くからルシアンを直接指差す。


「理由は?」


「……あまり言いたくは、ないです」


 フィーネも流石にポーションを賭け金にされたからとは言いづらかった。


 その横でエレナが何かを勘違いしたように目を細める。


(言いづらい理由?こんなに可愛い子が……。まさかあの魔族たちにこれまで嫌がらせをされていた?……そうだとしたら許せないわ)


 深読みして勘違いしたエレナのなかに、沸々とした怒りが混み上がってくる。


「……分かったわ。あちらね」


「今ので決めるのか?」


 カイルは呆れるが、反対はしない。


「……まあ、俺は最初からその主張だ。反対する理由はない」


 レオンはミレイユを見た。


「決まりだな。いけるか?」


 一瞬だけ、彼女の瞳が揺れる。


「……はい」


 頷きながらミレイユは静かに目を閉じた。


 風が止まる。


 砂が、ふわりと浮いた。


 空気が重くなる。


 戦場の喧騒が、遠く感じられる。


 遠くでダリウスが顔を上げた。


「……なんだ?」


 リューンも気づく。


「魔力の奔流……?」


 ルシアンの軍もざわつく。


 高台の上、ミレイユの周囲に魔力が渦を巻く。


 熱が集束する。


 赤い光が膨れ上がる。


 空気が軋む。


 レオンは深く息を吸い込んだ。


「……よし」


 一瞬、すべてが静止したかのようだった。


 やがて彼女の瞳が開く。


 巨大な火球が、空を焦がすように出現した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。