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混乱する戦場⑭

<戦場の聖女>


 砂煙を裂くように、一騎の馬が戦場へと飛び込んだ。


 エレナは低く身を伏せ、魔族と王国兵が入り乱れる隙間を縫う。後ろではシルヴィアが鞍にしがみつきながらも、決して目を逸らさない。


「大丈夫?」


「はい……っ。こう見えて、戦場の経験はありますので」


 息を乱しながらも、声は落ち着いている。


 エレナは小さく笑った。


「知ってるわよ。割と有名だもの」


 前方――


 盾列が軋み、魔族の咆哮が響く。


 強化された魔族が、まるで獣の群れのように暴れている。


「あそこにダリウスさんとミレイユさんが?」


「そのようね……ダリウスはどこかしら……」


 黒い鎧。長身。大剣を振るう姿。


「あそこね」


 エレナは馬首を向けた。


「誰かと思えば……エレナか。それにシルヴィアの嬢ちゃんまで」


 ダリウスは魔族の一撃を受け止めながら振り返る。息は荒いが、まだ立っている。


 その背後、ミレイユの顔色は明らかに青白かった。魔力の連続使用で辛そうだ。


 エレナは迷いなく告げる。


「ミレイユを連れていくわ」


「……何?」


「あなたが自由に動けるようにするの」


 シルヴィアが静かに続ける。


「代わりは、私が務めます」


 ダリウスは一瞬だけミレイユを見る。


 彼女は唇を噛み、戸惑っていた。


「……ここを離れても?」


「大丈夫だ」


 ダリウスの声は、低く、確かだった。


「適材適所だ。あんたは後方で輝く。ここは俺たちに任せろ」


 ミレイユは小さく頷く。


 エレナが手を差し出した。


「乗って」


 躊躇は、もうなかった。


 馬が方向を変え、砂煙の向こうへ消えていく。


 残ったのは、ダリウスとシルヴィア。


「じゃあ……頼むぜ」


「はい」


 シルヴィアは地に足をつけた。


 一瞬、深く息を吸う。戦場の音が遠のく。


 ――集中。


「……エリアヒール」


 光が、静かに広がった。


 波紋のように、兵たちを包み込む。


 止まりかけていた呼吸が整う。


 血が引き、視界が澄む。


「おお……立てる……!」


「まだ戦える……!」


 奇跡ではない。制御された、正確な魔術。


 ダリウスは、自分の傷が塞がっていくのを感じながら呟いた。


「……流石だな」


 だがシルヴィアは止まらない。


「………プロテクション」


 再び光。


 半透明の膜が展開し、盾列を覆う。


 突撃してきた魔族の武器が弾かれる。


 衝撃が分散する。


 前線が、崩れない。


「戦場の聖女……か」


 ダリウスが苦笑する。


 それが彼女の二つ名だった。


 シルヴィアは盾とメイスを構えた。


「ダリウスさん、私に護衛は不要です。あなたは自由に動いて大丈夫です。私は私で動きながら支援します」


「大丈夫か……と思うのは余計な心配だな」


 ダリウスの口元が吊り上がる。


 守るべき対象が減った。


 それはすなわち――攻めに転じられるということ。


「よし。前線を押し返すぞ!」


 大剣を担ぎ、駆ける。


 背後からシルヴィアの声が飛ぶ。


「左側のカバーに入ります!」


 光が閃く。盾が鳴る。


 崩れかけていた戦線が、わずかに安定する。


 リューンの号令が遠くから響く。


 弓兵が整然と動き、包囲が形を取り始める。


 狂戦士のようだった魔族の突撃は、ただの圧力へと変わりつつあった。


 混沌が、秩序へ。


 ダリウスは振り返らずに叫ぶ。


「ここが正念場だ!押し返すぞ!」


 兵士たちの声が応じる。


 その瞬間。


 遠くから、ひときわ鋭い馬蹄の音が響いた。


 戦場の空気が、わずかに変わる。


 ――戦いは、終わりへと動き始めていた。


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