混乱する戦場⑫
<混沌とした戦場>
「何やら……難しい状況のようだな」
切り立った崖の上。
レオンは眼下に広がる戦場を見下ろしていた。
三つの勢力が絡み合い、砂煙が立ち上る。
「あら、マーリスは駱駝に乗って戦ってるわよ」
エレナが呆れたように言う。
「……無事なようで何よりだ」
レオンは小さく息を吐く。
駱駝に騎乗し、野盗を押し返している白銀の影。
少なくとも、崩れてはいない。
だが。
「ダリウスのほうがまずいな」
望遠鏡を覗いたカイルが低く呟く。
「魔族が深く入り込んでいる。あの突進……尋常じゃない」
砂煙の向こう、狂ったように前進する魔族の群れ。
「魔狼……?」
エレナの視線が別の戦域へ向く。
黒い巨影が野盗を翻弄している。
「本気で襲っているようには見えないな」
レオンは静かに言った。
「だが、あれがこちらを向けば危ないぞ……」
(あれは……ルシアンさんにフェンリルさんですね……。ピクニックの延長でしょうか?)
フィーネは自分が抜け出てきたピクニックの様子を思い浮かべて考える。
「フィーネ、何か知っているのか?」
魔族を覗き込んでいる様子のフィーネにレオンが尋ねてみる。
「いえ、お城では見たことがあるかもしれませんが……。特には」
しれっと答えるフィーネ。それを怪しんでいる時間はなかった。
風が崖を撫でる。空気が重い。
その空気に至るまで――
…
その少し前の時間、レオン達は森の中を歩いていた。
森は静かだった。静かすぎた。
「もう少し進めば、陽動地点のはずだが……」
カイルが周囲を見回す。
鳥の声がない。
レオンは足を止めた。
「……何か来るぞ」
次の瞬間、藪が揺れる。
バサッ。
飛び出してきたのは――
「あら……?」
「エレナの馬だな」
カイルが眉を上げる。
鞍はついている。
だが騎手はいない。
エレナが歩み寄り、鼻面を撫でる。
「落ち着かないわね……どうしたの?」
馬は落ち着きなく首を振る。
シルヴィアが小さく言う。
「様子が……変ですね」
そのとき。
「ついてきてほしいみたいですね」
フィーネが、さらりと言った。
レオンが目を向ける。
「わかるのか?」
「魔族の馬のようですから。感情が少し分かるんです」
あっさりと答える。
「……行こう」
森を進む。
やがてもう一頭の馬が見えた。
地面に横たわり、ぐったりしている。
「これは……マーリスの馬か!」
レオンの声が鋭くなる。
リーナが駆け寄る。
「手当てできませんか?」
シルヴィアが膝をつき、掌を当てる。
淡い光。
「少しですが、体力を戻せるはずです」
しばらくして、馬はゆっくりと立ち上がった。
そして振り返る。
まるで、急げと言うように。
「マーリスに何かあったのか……」
エレナが顔を上げる。
「だとしたら急ぐわよ」
二頭の馬に導かれるように森を抜け――
辿り着いたのが、この崖だった。
…
再び現在、レオンは戦場を見下ろす。
三つの戦域。
マーリスは駱駝に乗って持ちこたえている。
魔狼は野盗を翻弄しているが、本気ではない。
「……問題は、あっちだな」
ダリウスの戦域。
狂戦士のように突進する魔族。
「確か……ミレイユはダリウスと一緒だったな?」
「守ってるぞ。だが疲労が見える」
カイルが答える。
レオンは短く考える。
「エレナ、君の馬でミレイユをここへ連れてこられないか?」
「ミレイユをここに?……できるわ」
レオンの提案にエレナも思い当たることがあったようで頷いて返す。
シルヴィアが一歩前に出る。
「それなら私が入れ替わりで前線を支援しましょうか」
カイルが頷く。
「そのほうがいい。ダリウスがお陀仏になりかねん」
レオンは戦場を見据えた。
「俺たちが頼んで動いてもらった戦いだ」
砂煙の中、兵が倒れ、剣がきらめく。
「俺たちで幕を引くぞ」
エレナが馬に飛び乗る。
シルヴィアがローブを翻す。
フィーネは遠くの黒狼を一瞬だけ見つめ、何も言わない。
崖の上に、風が吹き抜けた。
戦場は、終わりへと動き始めていた。




