混乱する戦場⑩
<力こそパワー>
「……おいおい、なんだありゃ」
双眼鏡を覗いていたダリウスが、低く唸った。
さきほど、リューンの三段攻撃が決まった瞬間は思わず拳を握った。
勝ち筋が見えたと思った。
だが今、視界の向こうで起きていることは、それを一瞬で覆していた。
倒れたはずの魔族が、ゆらりと立ち上がる。
その目に、理性の色はない。
あるのはただ、熱。
次の瞬間。
ドドドドド――
地面が震えた。
「……直線だと?」
さきほどまでの読めない駆け引きではない。
押すでも引くでもない。
ただ、まっすぐ。
一直線に、全力でこちらへ突っ込んでくる。
「こりゃまずいぞ!」
ダリウスは双眼鏡を放り、叫んだ。
「盾持ちは前へ出ろ! 突撃が来る!」
本来、彼に指揮権はない。
だが、そんなことを気にしている余裕はない。
「騎乗していないが相手は全力の魔族だ! 馬の突撃だと思え!」
兵たちに異論はなかった。
盾兵が前に出て、幾重にも列を組む。
ダリウスはボウガンを構えた。
「弓兵、応射! 勢いを落とせ! とにかく撃て!」
矢が雨のように降る。
何本も刺さる。
だが、止まらない。
「クソっ……効いてねえ!」
魔族たちは矢を生やしたまま走ってくる。
その叫びは統率の号令ではない。
「力こそパワー!!」
「力こそパワー!!」
意味のない、だが圧倒的な圧。
「くるぞ!」
ガシャン!!
衝撃が盾列を揺らした。
最前列が吹き飛ぶ。
だが、後列が押し上げる。
盾と盾が噛み合い、地面に杭を打つように踏みしめる。
「よし! 止めた!」
だが、止めただけだった。
魔族たちはその場で暴れ出す。
盾を掴み、振り回し、狂ったように武器を振るう。
「うおっ!」「ぐはっ!」
「何なんだこいつら……狂戦士かよ!」
ダリウスは思わず毒づいた。
本当なら前線に飛び込みたい。
だが背後にはミレイユがいる。
彼女は震える手で魔法を維持している。
「……持ってくれよ」
その瞬間。
「落ち着け!」
砂煙の向こうから声が響く。
リューンだ。彼は魔族を追うように戦列へ戻ってきた。
騎馬が合流し、混戦の外縁を走る。
「複数で囲め! 単独で受けるな!」
副官も叫ぶ。
「前線は防御に徹せよ! 弓の援護を待て!」
この混戦では突撃は使えない。
ならば包囲。
暴れる魔族を、数で削る。
ダリウスが振り返る。
「リューン!」
「無事か!」
「なんとかだ。」
「いや、こうならないようにするはずだったのを……不甲斐ない」
リューンは歯を食いしばる。
「あんたの戦術は完璧だった……。こんな裏技みたいな強化、想定できるかよ」
リューンは魔族の動きを見据えた。
「……予想外ではある」
だが、目は冷静だ。
「しかし、利もあると言える」
「なんだ?」
「さきほどまでは動きが読めなかった。今は違う」
暴れる魔族を見つめる。
「直進する敵は、扱いやすい」
確かに。
読めない敵より、単純な敵のほうが対処法はある。
ダリウスは笑った。
「問題は、とんでもなくタフってことだな!」
その瞬間、一体が盾列を抜ける。
「一人行ったぞー!」
「うおっ!」
ダリウスは即座にバスタードソードを抜く。
重い一撃が降り下ろされる。
ガンッ!
腕が痺れる。
地面に足がめり込む。
だが、踏み止まる。
「こっちは任せろ! あんたは全体を見る必要があんだろ!」
リューンは一瞬だけ視線を交わし、頷いた。
「……任せた」
そして戦場を駆ける。
指示を飛ばし、線を整える。
ダリウスは目の前の一体を押し返す。
「ここが正念場だ! 踏ん張れ!」
背後ではミレイユの魔法光が揺れている。
その光は、さきほどより弱い。
だが消えてはいない。
「力こそパワー!」
狂ったように叫ぶ魔族たち。
しかしその動きは粗い。
味方同士でぶつかり、押し合い、統率が乱れ始めている。
「……歪みはあるな」
ダリウスは歯を見せた。
「付け入る隙はある……か」
戦場は混沌。
だが、崩れてはいない。
そのときだった。
砂煙の向こうから、ひとつの蹄音。
トン、トン、と規則正しい音。
混沌を縫うように、一騎が駆けてくる。
ダリウスが目を細める。
「……誰だ?」
まだ、顔は見えない。
だが、その気配は確かにこの戦場を変えようとしていた。




