混乱する戦場⑨
<砂の戦術と、博打の奥の手>
ルシアンの軍勢が、正面から進軍してくる。
その動きを視界の端で捉えながら、リューンは馬を斜めに走らせた。
真正面から当たる気はない。相手の視界に映り続けながら、距離と角度をずらしていく。
やがて、敵陣から見て十時方向。
そこで、リューンは一度、手綱を引いた。
「……さて」
小さく息を整え、静かに号令をかける。
「始めるぞ。陽炎をかけよ」
合図とともに、騎馬たちが一斉に補助魔法を展開した。
空気が揺らぎ、景色の輪郭がぼやける。距離も、数も、速度さえも曖昧になる。
「行くぞ……遅れるなよ」
言葉と同時に、リューンは駆け出した。
だが、突撃ではない。
陽炎を張ったまま、さらに位置をずらす。
敵の視線が、遅れてついてくる。
その瞬間を待っていた。
正面の歩兵隊から、矢が放たれる。
熱波の魔法を纏った斉射だ。
威力も射程も増した矢が、魔族たちの前列へと降り注ぐ。
「いいタイミングだ……」
こちらが仕掛ける直前のタイミングで注意を逸らす攻撃、その瞬間を待っていた。リューンの目が、鋭く光る。
「突撃!」
陽炎の幕を抜け、さらに一歩前へ。
そこから、一気に加速する。
突入角度は、真横ではない。
斜め後方――死角だ。
「おおおおおお!」
鬨の声が上がる。
振り向いた魔族がそれに気づいたときには、すでに遅かった。
ザシュ、と鈍い音が連なった。
曲剣が、馬の速度と体重を乗せて振り抜かれる。
勢いに耐えきれず、魔族たちが次々と倒れ込んだ。
混乱の中心を、騎馬隊が貫く。
そのとき――。
反対側から、もう一つの突撃が走った。
副官率いる騎馬隊だ。
彼らはリューンと分かれ、陽炎を維持したまま大きく回り込み、完璧なタイミングで突入してきた。
十字に交わる、二つの刃。
弓の斉射。
陽炎の錯覚。
時間差の十字突撃。
砂の部隊が磨き上げてきた、必勝の型だった。
大打撃を与え、即座に離脱する。
「完璧に決まりましたな!」
副官が声を弾ませる。
リューンは短く頷いた。
「……うむ」
だが、その胸中には、引っかかるものがあった。
(致命打には……なっていない)
その違和感は、すぐに形を持つ。
…
「はわわわ……なにが起き――ぐぼわっ!」
後方で、ルシアンが馬に踏まれて吹き飛んでいた。
倒れた体の上を、何頭もの馬が通り過ぎていく。
しばらくして、地面に半分埋まりながら、のっそりと起き上がった。
「……ひどい目にあった」
普通なら死んでいる。
だが、魔族は丈夫だった。
「ルシアンさま! ご無事ですか!」
「うん、生きてる」
砂を払いながら、周囲を見回す。
「被害は?」
「ええと……真っ二つになって、全治半年ぐらいのやつが数名ほど……」
「それくらいで済んで、よかったなー」
うんうんと頷くルシアン。
「やっぱり、さっきの前進作戦がまずかったんじゃ……」
「うーん」
ルシアンは手元のダイスを転がした。
「ダイスは、良い感じだったんだけどなー」
前方を見る。
敵は、また態勢を立て直そうとしている。
「どうします? また来そうですよ」
「もう一回、あれ食らうのは嫌だなぁ」
「撤退します?」
ルシアンはしばらく考え――そして、にやりと笑った。
「……仕方ない。奥の手を使うか」
「奥の手?」
「これ」
ダイスを見せる。
「いつもやってるじゃないですか」
「違う違う。これに魔力を乗せるとね、指揮下の全員に効果が出るの」
「そんなの、聞いてません!」
「前の魔王様に禁止されてから使ってないし」
「それで悪い目が出ると……?」
「酷いことになるね。二以下はピンチ」
「三分の一、ハズレじゃないですか!」
「じゃあ、別のにする?こっちのほうが悪い目を引く確率は低いかな……多分」
ルシアンは懐からタロットカードを取り出した。
「……デスとかやめてくださいよ」
「大丈夫大丈夫。あんまり引いたことないし」
一瞬、首をかしげる。
「……あ、そういやデス引いたから二度と使うなって言われたんだっけ」
「えええ!?」
止める間もなく、カードを引く。
「お、いいのが出た」
掲げられたカードが、光を放つ。
「《パワー》だ」
光が、魔族たちを包み込む。
「よーし、みんな聞け」
ルシアンが叫ぶ。
「力こそパワー!」
「……は?」
最初は戸惑っていた魔族たちが、次第に目を見開き――叫び出す。
「力こそパワー!!」
「力こそパワー!!」
「力こそパワー!!」
理性が、吹き飛んだ。
全軍が、見る見るうちに脳筋化していく。
「よーし、これでオーケー!」
ルシアンは満足そうに頷いた。
「突撃だ!」
魔族軍が、一斉に走り出す。
それはまるで、水牛の群れが押し寄せるような光景だった。
砂の戦術が切り裂いた戦場に、今度は――狂気が押し寄せてくる。




