混乱する戦場⑧
<再開>
小休止、と呼ぶには落ち着かない時間だった。
剣戟は止み、両軍は距離を取っている。
だが、誰一人として武器から手を離してはいない。
空気は張り詰めたまま、次の一手を待っていた。
「……リューンさんよ」
ダリウスが口を開く。
「こっちは来てくれて助かったが……マーリスは大丈夫なのか?嬢ちゃんだけだとあっちは数で負けてるだろ」
率直な問いだった。
戦況を俯瞰した上での、現実的な懸念。
リューンは一瞬、視線を伏せた。
「……正直に言えば、不安はある」
隠そうともしない。
だが、すぐに顔を上げた。
「しかし、こちらのほうが急を要すると判断したまでだ」
判断の責任を、自ら引き受ける声音だった。
「まぁ……」
ダリウスは肩をすくめる。
「けっこう危ないところだったな」
それ以上は言わない。
今は責める局面ではないと、互いに分かっていた。
「白銀殿もなかなかの勇将、簡単にはやられんでしょう」
「……ずいぶん評価が高えな」
そのときだった。
「――敵に動きあり! 増援の模様!」
兵が駆け込んでくる。
「なんだと!」
リューンが即座に前方を見据える。
副官、ダリウスもそれに続いた。
魔王軍の陣、その後方。
影が、増えている。
「……魔獣のようだな」
リューンが低く呟く。
「魔獣といえば……フェンリルでしょうか」
副官の声に、場の空気が一段重くなる。
「あり得る」
リューンは頷いた。
「先日の模擬戦でも姿を見せたと聞く。この付近にいても、おかしくはない」
ダリウスは双眼鏡を覗いていた。
「……幹部らしきのが二人いるな」
一人を見て、記憶がよみがえる。
「……あいつは、ルシアンか」
地下賭博場。
あのときの勝負と、ポケットに残るゼノコインの感触。
「あいつが指揮官だったのか……読めないやつだ」
と、ダリウスが賭博場の出来事を思い返していると、
「……おい」
ダリウスは気づいたように声を上げた。
「フェンリルってのが、離れていくぞ」
魔狼を率いた影が、陣から外れていく。
「こちらへ向かってくる様子ではないな……」
リューンが眉をひそめる。
「ということは……それはまずいのでは!?」
副官が声を上げる。
「白銀殿はただでさえ数的不利な状況で……」
一瞬、最悪の想像がよぎる。
「いや、違う」
ダリウスが制した。
「どうやら、狙いはマーリスたちじゃない」
「……確かに」
リューンも頷く。
「野盗の方へ向かっているようだな」
「なぜ……?」
副官が呟く。
「魔族の考えることは、よく分からんな」
リューンの言葉に、ダリウスが肩をすくめた。
「どうせあいつらにとっちゃ、俺たちと野盗の区別なんて、かなりアバウトなんだろ」
そのとき、
「――こちらにも動きが!」
再び、声が上がる。
前方を見ると、魔王軍の陣が蠢いていた。
ルシアンの軍勢が、再び前進を始めている。
「よし……」
ダリウスが、口角を上げる。
「第2ラウンド開始、ってところだな」
そしてリューンを見る。
「指揮は、リューン殿に任せていいんだよな?」
「もちろんだ」
即答だった。
「ダリウス殿はボウガンで援護しつつ、ミレイユ殿の護衛を頼む」
「私は……」
ミレイユが一瞬、言葉に詰まる。
「無理を言ってすまないが」
ダリウスが柔らかく言う。
「疲れすぎない範囲で、強化魔法で助力を頼む。ミレイユ殿の負担にならぬよう、こっちは俺が騎兵で撹乱する。副官、ついてこい」
「はっ!」
「……おいおい」
ダリウスは苦笑する。
「こっち、手薄すぎやしないか?」
「問題ない」
リューンは、力強く言った。
「この形こそ、我らの本来の戦い方だ」
一瞬、風が吹き抜ける。
「砂の部隊の戦い方を――」
剣を構え、前を見据える。
「見せてやろう」
その言葉を合図に、戦場は再び動き出した。




