混乱する戦場⑦
<援軍?>
フェンリルは、魔狼の背にまたがりながら戦場を横切っていた。
風を切る感覚は嫌いではないが、今日は正直、早く帰りたい気分だった。
「……あ、いたいた」
少し先に、見慣れた背中を見つける。
魔王軍の前線指揮官――ルシアンだ。
近づいてみて、フェンリルは眉をひそめた。
戦闘は、止まっていた。
ルシアンは進軍をやめ、腰を下ろしたままカードをシャッフルしている。
引いては首をかしげ、また混ぜ直す。
その周囲では、魔族たちが思い思いに時間を潰していた。武器を磨く者、地面に座り込む者、あくびを噛み殺す者。
「……何やってんの?」
フェンリルが率直に聞くと、ルシアンは顔も上げずに答えた。
「出目が悪くてね……」
そう言いながら、またカードを一枚引く。
一瞬見つめ、気に入らなかったのか、ため息とともに戻した。
フェンリルは魔狼を止め、周囲を見渡す。
「まあいいけどさ……そろそろ帰るよ?」
ルシアンの手が、一瞬止まった。
「え? まだ日も高いだろ?」
「そうなんだけどさ」
フェンリルは指を折りながら続ける。
「フィーネさんから連絡もないし、フローラさんも飽きてきたって顔してるし。僕も帰ったら留守番してる魔獣たちの世話しなきゃだし」
戦場とは思えない理由ばかりだったが、どれも事実だ。
「まだ勝負はこれからだろ!」
そう言いながら、ルシアンはカードを取る。
「……お?」
その表情が、わずかに変わった。
「……そうか。これなら、ここをこうして……」
ぶつぶつと独り言を呟き、カードを見つめる。
フェンリルが首をかしげた、そのときだった。
「よし!」
ルシアンが勢いよく立ち上がり、指を突きつける。
「フェンリル、君にも手伝ってもらうぞ!」
「え?」
フェンリルは露骨に嫌そうな顔をした。
「やだよ、面倒くさい」
「そうはいかない」
ルシアンは得意げに胸を張る。
「ここは前線指揮官である僕に従ってもらうぞ」
「ええ〜……」
フェンリルは肩を落としながらも、結局ため息をついた。
「……仕方ないなぁ」
ルシアンは満足そうに頷き、戦場の奥を指さす。
「君は魔獣部隊を率いて、あっちに向かってくれ」
指の先にあるのは、野盗たちがひしめく方向だった。
「……遠くない?」
フェンリルは、正面――ダリウスたちが戦っている方向を指してみせる。
「僕、こっち狙ったらダメ?」
「だめだめ」
ルシアンは即答した。
「脚の早い魔獣たちに攻めてもらうのが効率的だろ? 治安維持というには、野盗も倒しておかないと」
「う〜ん……」
フェンリルは唸る。
「筋が通ってるようで、そうでもないような……」
「相手が二種類なら、こっちも二人!」
ルシアンは胸を張った。
「それでイーブンだろ?」
「……まあ、いっか」
フェンリルは深く考えるのをやめた。
ぱん、と手を叩く。
すると、どこからともなく魔狼たちが集まってくる。
低く唸りながら、主人のもとへ寄ってきた。
「じゃあ、この子たちで、あっちを攻撃すればいいんだね」
「そのとおり! 頼んだよ!」
「少しだけだからね」
そう言い残し、フェンリルは魔狼部隊を率いて駆け出した。
その背中を見送りながら、ルシアンは満足そうに息をつく。
「さて……」
カードを仕舞い、剣に手をかける。
「こっちも動くぞぉ!」
小休止は、終わりだった。
戦場は、再びざわめき始める。




