混乱する戦場⑥
<ピンチ>
「――うぐっ!」
地面に叩きつけられた衝撃が、肺の空気を一気に奪った。
全速で駆けていた状態からの落下だ。受け身は取れたはずなのに、身体は容赦なく地面を転がり、視界が何度も裏返る。
止まったとき、しばらく息が吸えなかった。
(……立て……)
剣を地面に突き立て、杖代わりにして身体を起こす。
脚が震え、膝が笑う。それでも、立たなければならなかった。
その瞬間だった。
「おい! 敵の指揮官が落馬したぞ!」
野盗の声が上がる。
「ざまあねえ! やっちまえ!」
怒号とともに、視界の端から影が増えていく。
マーリスは歯を食いしばった。
(……数が多いな)
突撃を繰り返したせいだろう。
野盗たちの目には、はっきりとした敵意と憎しみが宿っていた。
少し離れた場所に、馬の姿が見える。
主人のほうを気にするように、立ち止まっていた。
だが、その脚取りは重く、鼻息も荒い。
(呼んでも……間に合わない)
それに、これ以上走らせるわけにはいかなかった。
マーリスは小さく首を振り、手で合図を送る。
馬は一瞬ためらったように見えたが、やがて向きを変え、戦場の外へと走り去った。
迫ってくる野盗たち。
逃げ場はない。
馬もない。
完全に、孤立していた。
「……覚悟を決めるか」
最初の一人が、飛び込んでくる。
袈裟斬り。
次に来た二人目を肩で弾き、体重を乗せて下から斬る。
三人目――突き。
動きはまだ冴えている。
だが、呼吸が追いつかない。
視界の端が暗くなり、脚が思うように動かない。
(……長くは、もたない)
そのときだった。
「うぉっ!」
「ぐわっ!」
「な、なんだ!?」
野盗たちの悲鳴が、突然上がる。
横合いから、矢と魔法が降り注いだ。
野盗たちが思わず足を止める。
「……?」
マーリスは目を見開く。
「あれは……魔王軍から?」
なぜ。
理由は分からない。
助ける意図があるのかどうかも分からない。
だが、考える余裕はなかった。
「ウオオオオオ……!」
今度は、場違いな鳴き声が聞こえてくる。
「……?」
振り向いたマーリスの視界に入ったのは――。
「……駱駝?」
駱駝だった。
歩兵隊の荷物運搬用として従軍していた個体。
そして、かつて騎乗訓練に使っていた、あの駱駝だ。
野盗たちが足を止めた、その隙間に。
まるで狙ったかのように、駱駝は突っ込んできていた。
(考えている余裕はないわね!)
マーリスは迷わなかった。
一歩踏み出し、駱駝の背に飛び乗る。
(重心は……少し後ろ……)
訓練では、うまくいかなかった。
だが、今は不思議と身体が馴染む。
「よし……いけ!」
駱駝が駆け出す。
馬より遅い。だが、力強い。
視線が高くなり、戦場が一気に見渡せた。
「歩兵の後退は……終わったようだな」
再集結地点が見える。
進路を定め、手綱を引く。
「待てよ!」
数名の野盗が行く手を阻むが、駱駝の体当たりで弾き飛ばし、剣で切り抜ける。
「なるほど……」
思わず、声が漏れた。
「お前、こんなことができたのか」
馬ほど速くはない。
だが、安定感があり、高さもある。
駱駝は、頼もしかった。
高い視点から、遠くの戦場が見える。
魔族との交戦――リューンが突撃をかけている。
それを見て、魔王軍は後退していた。
「……なんだったんだ、さっきのは」
魔王軍の遠距離攻撃。
意図は分からない。
だが、確かにあれがなければ、ここにはいなかった。
割り切れない思いを胸に、マーリスは再集結地点へ向かう。
「白銀殿!」
ベテラン兵が駆け寄ってくる。
「ご無事でしたか!」
「危なかったが……」
マーリスは苦笑し、駱駝の首を撫でた。
「この駱駝に助けられましたね」
「ははっ!」
ベテラン兵は大笑いした。
「駱駝に騎乗して助かるとは! これは語り草ですな!」
周囲の兵たちも、一斉に沸く。
「国に帰ったら家族に自慢してやる!」
「吟遊詩人に歌を作ってもらわないとな!」
「さすが白銀だ!」
「……ええ?」
マーリスは、少し気後れした。
「何か……おかしかった?」
「いえいえ」
ベテラン兵は笑いながら言う。
「バルヴェルクには、駱駝の騎士の逸話がありましてな」
「その話に……まるでそっくりだ!」
「そうだそうだ!」
「白銀は駱駝も乗りこなす!」
異様な熱気が、陣に満ちていく。
ベテラン兵が剣を掲げた。
「さて、白銀殿の伝説も増えたことだが――まだ戦いは終わっていない!ここまで来たら、あと少しだ!共に、白銀殿を支えようではないか!」
「おおおおおおお!」
鬨の声が上がる。
それに合わせるように、駱駝も大きく鳴いた。
こうして――
この戦場の一角は、異様な士気に包まれた。




