↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
299/325

混乱する戦場⑤

<後退のために>


 マーリスは馬上で剣を振るっていた。


 駆ける。斬る。離れる。


 また駆ける。斬る。離れる。


 その繰り返しが、もう何度目なのか分からない。


 戦場の音は絶え間なく、息を吐く間すら奪っていく。ひと息つけたと思った瞬間には、また新しい影が寄ってきていた。


「……っ!」


 馬の速度に合わせて刃を走らせる。刃先が布を裂くような感触を残し、野盗の一人が崩れる。


 だが、すぐ次が来る。


 切っても切っても、近寄ってくる数が減らない。


(終わらない……)


 喉の奥が熱く、胸が重い。


「はぁ……はぁ……」


 息が上がる。


 腕は鉛のようにだるく、剣を振るうたびに肩が軋む。


 そして、馬も同じだった。


 荒い鼻息が背に伝わる。脚取りが鈍り、地を蹴る感触が少しずつ頼りなくなる。鞍が微かに軋む音まで、やけに鮮明に耳に残った。


 人も馬も、消耗が激しい。


 それが分かってしまうことが、余計に怖かった。


「白銀殿!」


 背後から叫び声が飛ぶ。


 振り返らずとも分かる。リューン隊のベテラン兵だ。長く戦場を渡ってきた男で、馬術も経験も、マーリスより上だ。


 実際、彼の顔にはまだ余裕があった。


「無茶です! 一度引くべきでは!」


 正論だった。


 このまま突撃と離脱を繰り返していては、いずれ限界が来る。整える時間を作らねばならない。


 だが――。


 マーリスは歯を食いしばり、首を振った。


「ダメだ……!」


 視界の端。


 歩兵の陣が、じわじわと押されている。


 包囲の形が、ゆっくりと完成しつつあるのが見えた。


 ここで自分が引いた瞬間、歩兵は囲まれる。


 囲まれれば、耐え切れない。


 崩れれば――戦場そのものが崩壊する。


(私が……踏ん張るしかない)


 マーリスは馬首を巡らせながら、手短に指示を飛ばす。


「歩兵に伝えろ! 後退だ! 再集結しろ!」


 旗が振られる。


 陣の奥が、わずかに動き始める。兵が列を崩さぬまま、少しずつ下がっていく。


 ――動いた。


 ならば、稼ぐしかない。


 マーリスは声を張り上げた。


「歩兵が後退して再集結する時間を稼ぐ! 再度、突入するぞ!」


 ベテラン兵が「まったく……」とでも言いたげに舌を鳴らした。


「ああもう! ならせめて、これはかけておきますよ……――陽炎!」


 その瞬間、野盗とこちらの間の空気が揺らめいた。


 陽炎のように景色が歪み、距離感が掴みにくくなる。


「これは……」


 マーリスが息を呑むと、ベテラン兵が短く説明する。


「先日の模擬戦でも使った陽炎です。これで、突撃のタイミングが分かりづらくなる」


「本当は部外秘なんですが……白銀殿なら、いいでしょう」


(こちら側からは、こう見えるのか……)


 揺らめく視界が、妙に頼もしく思えた。


 マーリスは頷く。


「よし……いくぞ!」


 突撃。


 今日、何度目になるだろう。


 陽炎の効果で、敵の反応が一瞬遅れる。だが、それでも――速度も突破力も、最初の頃とは比べものにならない。


 馬が重い。


 自分の身体も重い。


 それでも、前に出る。


 マーリスは叫んだ。


「お前たちは先に行け! 私はより長く撹乱する!」


「また無茶を……どうなってもしりませんよ!」


 ベテラン兵は呆れ声を上げながらも、騎馬隊を引き連れて前へ走った。


 マーリスはそれを見送り、敢えて敵の密なほうへ馬を向ける。


(ここで止める……!)


 最後のひと踏ん張り。


 馬の首を叩き、気合を入れる。


 歩兵の側面へ回り込もうとしている一団――その先頭を、叩く。


「はっ!」


 剣が走り、野盗が崩れる。


「きやがったなぁ!」


 野盗たちが向かい撃つ構えを見せ、刃を振り上げる。


 マーリスは馬上からそれを受け流し、体重を乗せて斬り返した。


「せいっ!」


 数人が倒れ、勢いが止まる。


 包囲の輪がわずかに歪む。


(よし……これだけ稼げば……)


 離脱できる。


 歩兵は下がる。


 再集結できる。


 ――安堵が、胸をよぎった。


 その瞬間だった。


 左足が、浮いた。


「……?」


 感覚がずれる。


 身体が、ゆっくりと傾いていく。


「な……にっ!?」


 視線を落とす。


 鐙が、切れていた。


 紐が裂け、足が支えを失っている。


 さっきの斬り合い――刃が、そこに当たっていたのだろう。


(まずい――!)


 体勢を立て直そうとする。


 だが、疲労で脚に力が入らない。


 馬もまた、乱戦の中で不安定に揺れる。


 傾きが、止まらない。


 次の瞬間、世界が回転した。


 ――地面が、迫る。


 マーリスの身体は馬上から放り出され、そのまま戦場へと落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。