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混乱する戦場③

<風を裂く者>


 リューンは騎馬の背で身を伏せ、手綱を強く引いていた。


「……間に合えば良いが」


 前方、木立の隙間から覗いた戦場の影が、脳裏に焼きついて離れない。


 魔王軍の勢いは、遠目にも異様だった。あの圧力の中で、ダリウスがどこまで踏ん張れているか――。


(あの男が、ここで潰れるはずはない)


 そう信じている。


 だが同時に、相手が悪いとも思っていた。


 直線で向かえば、ダリウスの背面から突っ込む形になる。


 それは救援ではなく、混乱を招くだけだ。


「回り込むぞ」


 短く命じ、リューンは一度戦場から離脱した。


 木々の合間を縫うように、騎馬隊は迂回に入る。足場は悪く、視界も利かない。それでも隊列は乱れなかった。


 熟練の兵たちは、無言のまま、隊長の判断を疑わない。


 林を抜けた瞬間、視界が開けた。


「……む」


 戦場が、はっきりと見える。


 押されている。


 敵はかなり深く食い込み、ダリウス本人も剣を手に前線に立っていた。だが、陣はまだ崩れていない。


 踏みとどまっている――それが分かった。


(今なら、間に合う)


「魔族の側面を打つ! 弓騎兵、突撃に合わせて斉射! 他は我に続け!」


 矢継ぎ早に指示を飛ばす。


 命令は短く、明確だった。兵たちは既に分かっていたかのように、滑らかに動き出す。


 リューンは曲刀を抜き、先頭に立つ。


 補助魔法も、駆け引きも要らない。


 この局面で必要なのは――速さと、重さだ。


「いくぞ! 熱い風となれ!」


 騎馬が地を蹴り、側面から突撃する。


 刃が振るわれ、矢が唸る。確かに、入った――はずだった。


 だが。


 斬り抜けた感触が、薄い。


「…………」


 魔王軍は、突撃の直前で引いていた。


 崩れは起きない。決定打にならない。


「……やりおる」


 悔しさよりも、静かな評価が先に立った。


 相手は、戦場を読んでいる。撤き際も、見事だ。


 だが、その一手で十分だった。


 引いた分だけ、味方に呼吸の時間が生まれる。


「ダリウス殿!」


 声を張ると、前線から返事が返ってきた。


「おお……助かったぜ」


 副官と並び、かなりの深部まで敵が入り込んでいたことが分かる。二人とも大きな怪我はないが、消耗は隠せない。


 その背後で、ミレイユが立っていた。


 強化魔法を連続して使ったのだろう、滝のような汗をかき、息も荒い。


 リューンの姿を見た瞬間、わずかに肩の力が抜けたのが分かった。


「ずいぶん苦戦していたようですな……」


 リューンは戦場を一瞥し、口元を引き締める。


「しかし――戦は、ここからです」


「おうよ!」


 ダリウスは笑い、バスタードソードを片手で掲げた。


 その動きに、周囲の兵たちの視線が集まる。


 戦線が、前を向いた。


 だがリューンは知っている。


 相手は、まだ本気を切っていない。


 風向きは変わった。


 ――だが、嵐は、これからだ。


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