混乱する戦場②
<一進一退>
「……まったく、やりづれえな」
ダリウスは吐き捨てるように呟き、目の前の魔族を睨み据えた。
突っ込んでくる。
――と思った瞬間、引く。
来るか、と身構えたところで、今度は動かない。
そのくせ、こちらが一歩踏み込めば、待っていたかのように圧をかけてくる。
判断を迫られる。
しかも、一瞬で。
(判断を削りに来てやがる……)
魔王軍の動きは、粗暴に見えて実にいやらしかった。
読み合いを拒み、反射神経だけを試すような駆け引き。
場数を踏んだ者ほど、嫌になる戦い方だ。
この戦場で、ダリウスは指揮官ではない。
あくまで伏兵部隊の一員、オブザーバーの立場だ。
指揮権はリューン隊の副官にあり、彼はダリウスの進言をよく聞いた。
提案すれば、ほぼ確実に命令として通る。
――だが、その間に、一拍のラグが生じる。
今の戦場では、その一拍が重い。
魔王軍は、その隙を見逃さない。
(くそ……分かってるのに、手が出せねえ)
数だけを見れば、こちらが優位だった。
急襲してきた魔王軍の部隊は、それほど多くない。
伏兵として潜んでいたダリウスたちの数を合わせれば、数的には勝っている。
だが、相手は魔族で構成された魔王軍だ。
身体は頑丈で、動きは不規則。
装備も兵の質もばらつきがあり、常識が通じない。
それでいて、一人一人の勇猛さが、戦線全体の勢いを支えている。
(数があっても、押し切れねえ……)
槍で突いても、剣で斬っても、勢いが止まらない。
効いてはいる。だが、退かない。
ダリウスは経験から察していた。
これは、長引く戦いだ。
そして、長引けば――不利になる。
その背後で、甲高い声が上がった。
「あわあわわ……わ、私は……どうすれば……」
振り返ると、ミレイユが完全に戦場の空気に飲まれていた。
王宮魔術師としての腕は確かだが、乱戦の経験はほとんどない。
本来なら、後方で安全に魔法を振るう人材だ。
(まあ、仕方ねえよな……)
本音を言えば、ここで一発、でかい魔法を叩き込んでもらいたい。
それで流れが変わる可能性もある。
だが――今撃たせたら、敵より先に味方が吹き飛ぶ。
ダリウスは舌打ちし、即座に判断を切り替えた。
「ひとまず、味方を援護できる魔法を頼む! 強化系だ!」
「は、はい! それなら……!」
ミレイユは深呼吸し、詠唱を始める。
「――マイト・レインフォース!」
淡い光が、周囲の兵士たちを包み込んだ。
ダリウス自身も、身体の芯が補強されたような感覚を覚える。
ミレイユは続けて、いくつかの強化呪文を重ねていった。
「あ、あまり得意ではないので……効果は高くないですが……」
「十分だ。よくやってる」
ダリウスは即座にそう言った。
実際、兵たちの踏ん張りが目に見えて変わる。
ミレイユは小さく頷き、今度は軽い攻撃魔法を放つ。
遠距離からの牽制としては十分だが、魔族相手では致命打にはならない。
それでも、意味はあった。
問題は――陣形だ。
ミレイユを守るため、兵たちが自然と彼女を中心に集まり始めている。
結果、陣は固まり、動きが鈍くなる。
(……良くねえな)
守れてはいる。
だが、この形では攻め手がなく、じわじわ削られるだけだ。
ダリウスは目前の魔族と斬り結びながら、必死に戦局を好転させる糸口を探す。
だが、決定打は見えない。
魔王軍の圧は、むしろ増していた。
――このままでは、押し切られる。
その予感だけが、はっきりと胸に残っていた。




