混乱する戦場①
<逆境>
マーリスは、馬上から戦場を見渡していた。
崩れてはいない。
だが、良くもなかった。
盗賊たちは散発的に斬りかかってくるだけではない。間合いを保ち、押し引きを繰り返しながら、じわじわとこちらの陣を圧してくる。
一人一人を見れば、決して強敵ではない。剣の振りも粗く、動きも洗練されているとは言い難い。
――それでも、数が違う。
それだけのことが、これほどまでに重い。
戦況が傾く理由としては、あまりにも単純で、しかし覆しようがなかった。
少し前のことだ。
戦線の異変を察したリューンは、短く周囲を見渡し、即座に決断を下していた。
「魔王軍と交戦しているダリウスを、放ってはおけん。援護に回る」
部下の一人が、ためらいがちに声を上げる。
「しかし……それでは、こちらの戦場が……」
リューンは一度だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。
「魔王軍の勢いは、想定を超えている。ダリウスは善戦しているが、このままでは全滅しかねん」
一呼吸。
歯を食いしばるような間のあと、彼は言った。
「……まだ余裕のあるうちに、助けに行く」
そして、視線をこちらへ向ける。
「マーリス。白銀に、この戦場は頼ませてもらう。伝令を送れ」
それが、別れの言葉だった。
リューンは騎馬隊を率い、迷いなく戦場を離脱した。
残されたのは、マーリス以下、わずかな騎馬と下馬した歩兵たちだけ。
数的優位は、完全に逆転した。
伝令からその報を受けたとき、マーリスは一瞬だけ言葉を失った。
だが、すぐに胸の奥で何かが固まる。
(……私がやらねば)
全体が崩壊する。その未来だけは、はっきりと見えた。
「歩兵は陣を整え、守りを固めろ! 騎馬隊は遊撃に出る、撹乱を優先しろ!」
号令を飛ばす。
だが、返ってくる反応は、一拍遅れた。
士気が低いわけではない。
むしろ逆だ。張り詰めすぎた緊張が、兵たちの身体を強張らせている。
いつも前に立つはずの指揮官がいない。想定していなかった展開。
そのすべてが、空気を重くしていた。
(……くっ)
歯がゆさを噛み殺し、マーリスは次々と指示を飛ばしていく。
兵たちの戸惑いは、無理もなかった。
本来の作戦では、マーリス、リューン、ダリウスがそれぞれ兵を率い、数的優位を保ったまま野盗を殲滅するはずだったのだ。
だが、魔王軍の急襲で伏兵のダリウスが対応に追われ、さらにリューンまでもが援護に回った。
その時点で、計画は大きく歪んでいる。
それでも、崩壊していないのは、兵たちの練度が高いからだ。
しかし、指揮を執るのが客将であるマーリスであることもまた、いつもとは違う緊張を生んでいた。
古参の歩兵が、一瞬だけこちらを見る。
疑念ではない。だが、無意識に何かを測るような視線。
(……見られている)
マーリスは、それを感じ取っていた。
「はっ――!」
馬を駆り、すれ違いざまに剣を振るう。
盗賊の一人が崩れ落ちる。動きに迷いはない。一対一なら、問題はなかった。
だが、すぐに次が来る。
(……思ったより、訓練されているな)
ただのならず者の集まりなら、騎馬の突撃だけで霧散していたはずだ。
しかしこの盗賊たちは、退き、間合いを保ち、じわじわと包囲を狙ってくる。
歩兵は陣を固め、防御の姿勢で耐えている。
騎馬隊は遊撃に出て撹乱を続けるが、それでも敵の輪は少しずつ狭まっていた。
息が荒くなる。
腕が、脚が、確実に重くなっていく。
(……リューンなら、ここで迷わない)
ふと、そんな考えがよぎる。
(だが……私は――)
言葉にはならない。
ただ、戦況は刻一刻と変化し、確実に苦しくなってきている。
マーリスは今、逆境の只中にあった。




