密輸組織⑨
フィーネは魔族
剣を弾いた衝撃が、まだ腕に残っていた。
レオンはゆっくりと息を吐き、互いに距離を取ったまま剣を納める。
向かい合うエレナも、同じように納刀していた。
「……防げたから良かったものの、一歩間違えば大事故だったぞ」
低く言うと、エレナは素直に肩をすくめる。
「ごめんね。気配が複数あったから、てっきり残党だと思って」
「……まあ、あの状況じゃ仕方ないけどな」
背後で、カイルが腕を組んだまま皮肉混じりに言った。
「ずいぶんと人気者だな、レオン」
「人気って言い方はやめてくれ……」
そう言い返しながら、レオンは視線を横に向ける。
そこには、先ほどまで共に戦っていた二人の姿があった。
「あの……そちらの方々は……?」
シルヴィアが、少し警戒をにじませた声で尋ねる。
「ああ。こちらはフィーネ、こっちはリーナだ」
「フィーネと申します」
フィーネは丁寧に一礼した。
所作は滑らかで、地下の荒れた空気には不釣り合いなほど落ち着いている。
「……女ばかりじゃないか」
思わず零れたカイルの本音に、フィーネが首を傾げる。
「この人は変態さんですから」
「ちょっと待て!」
即座にレオンが声を張り上げる。
「な、何をされたの?」
エレナが鋭く視線を飛ばした。
「ええ……覗かれたり、抱きつかれたり……」
「ええっ!?」
シルヴィアが思わず声を上げる。
「どちらも不可抗力だ! 状況を考えてくれ!」
「不可抗力で覗くんですね」
「揚げ足を取るな!」
場の空気が一瞬、妙な方向に緩んだ。
カイルが本題に戻す。
「それでだ。なぜ、その二人で行動している?」
「さっき俺が盗賊から助けた少女がフィーネでな。……利害が一致したので一緒に行動している。リーネは、捕虜として捕らえられていたので救出した。恐らく、ユリウスが言っていた、連れ去られた人物じゃないかと思う」
簡潔に経緯を説明すると、カイルは短く息を吐く。
「……なるほど。ユリウスが言っていた捕虜か」
「リーナです……」
名乗るリーナの横で、エレナがフィーネを見つめた。
「フィーネさん……どこかで見た覚えがあるのよね」
「恐らく魔王城でしょうね。私はそこのメイドですから」
一瞬、空気が止まった。
「魔王城?」
シルヴィアが硬直する一方で、エレナは「ああ」と納得したように頷く。
「ゼノと一緒にいたわね。確かに」
「……私は、あまりその時の記憶が……」
フィーネが淡々と補足する。
「シルヴィアさんはだいぶ酔っていらっしゃいましたので」
「……っ」
シルヴィアが視線を逸らした。
カイルは一歩踏み込み、低い声で問う。
「つまり魔族だな。なぜ、こんなところにいる?」
「……薬草の採集中に盗賊に遭遇しました」
「ここまで来るには、魔王城から相当距離があるが?」
「魔族ならこれぐらい普通ですよ」
即答だった。
誰も言葉を継げず、短い沈黙が落ちる。
「……彼女は薬草師でもあるらしい」
レオンが補足する。
「魔王薬の元になった薬も、フィーネが作ったそうだ」
その言葉に、フィーネの肩がぴくりと動いた。
「あなたは戦えるの?」
「魔族の嗜みとして少しだけ。でも本業はメイドですので」
リーナが遠慮がちに口を挟む。
「……その割には、とても強かったように思えます」
「……魔族なので」
しれっと言い切られ、エレナは額を押さえた。
「……分かったわ。悪いけど、あなたを拘束させてもらう」
「エレナ!」
レオンが即座に声を上げる。
「当然だろう」
カイルも譲らない。
「自称非戦闘員を、このまま素通りさせるわけにはいかん」
シルヴィアは黙っていたが、その沈黙は同意だった。
「でも……俺は彼女に、悪いようにはしないと約束したんだ」
レオンは一歩前に出る。
「それに助けてもらった恩もある……!」
エレナはレオンを見つめ、しばし考え込んだ。
「……まったく。分かったわ」
「エレナ?」
「拘束はしない。その代わり、事情聴取を兼ねて同行してもらう」
視線をフィーネへ向ける。
「監視付き。それでいい?」
「構いませんよ」
フィーネの返事は即答だった。
「……フィーネがそれでいいなら」
レオンが頷くと、カイルは呆れたように肩をすくめる。
「やれやれ……色仕掛けにでもあったんじゃないだろうな」
こうして、信頼未満、敵対未満の奇妙な同行関係が成立したのだった。




