密輸組織⑦
捕虜 ― 地下牢にて
階段を降りた先は、ひどく湿った空気に満ちていた。
爆発で舞い上がった埃がまだ完全には落ち着いておらず、かすかな粉塵が暗闇の中を漂っている。
「ここは……牢屋か?」
レオンが低く呟く。
石造りの通路の両脇には鉄格子が並び、いくつかは歪み、いくつかは半ば壁ごと崩れかけていた。看守の姿はない。先ほどの混乱で持ち場を離れたか、あるいは――もう役目を終えているのか。
「そのようですね」
フィーネは淡々と答え、周囲を見回している。
怒りに燃えていた先ほどとは打って変わり、今はいつもの落ち着いた様子だった。
通路の奥。
一つだけ、かすかな灯りが揺れている牢があった。
「……誰かいるようですね」
二人が近づくと、鉄格子の向こうから声がかかる。
「……あなた達は……盗賊ではないようね」
落ち着いた声だったが、長く閉じ込められていたことが滲む疲労があった。
「王国の者か?」
レオンは一歩前に出る。
「聖騎士レオンだ」
名乗った瞬間、女は目を見開いた。
「聖騎士様……! 本当に……?」
ほっと息を吐き、肩から力が抜ける。
「私はリーネ。王国の者です。この盗賊達に捕らえられていました。……先ほどの爆発音で、もう終わりだと思いました」
レオンの脳裏に、ある言葉がよぎる。
ドミニク領で聞いた話――ユリウスが言っていた、もう一人の捕虜。
「無事で良かった。必ず、ここから連れて帰る」
リーネは何度も頷いた。
そのとき、彼女の視線が、レオンの横に立つ少女へと移る。
「……その方は……?」
一瞬、言葉を探すように視線が揺れた。
「ああ、彼女は――」
「フィーネです。見ての通り、お手伝いです」
メイド姿のフィーネが簡潔に名乗る。
リーネはリーネを見つめるように一拍置いて、すぐに我に返るように首を振った。
「こんな場所に似合わないほど、綺麗な方だと思って……すみません」
「そうでもありませんよ」
フィーネは淡々と返す。
だが、そのやり取りのわずかな間に、レオンは二人の間に流れた微妙な空気を感じ取っていた。
「鍵は……無さそうですね」
フィーネが室内を確かめる。
「さっきの誰かが持っていたのかもな」
ここに来るまでに倒してきた盗賊たち。そのなかに看守がいたのかもしれない。
フィーネは檻を調べている。錠前は歪み、壁との接合部もひび割れていた。
「爆発の影響でしょうか」
そう言って、フィーネは鉄格子を掴む。
――ぎしり。
軽く力を込めただけで、鉄が嫌な音を立て、根元から外れた。
鉄格子は床に崩れ落ち、石片が転がる。
「壊れかけでしたね。これで脱出できます」
「……おお」
思わずレオンが声を漏らす。
(崩れかけていたとはいえ……引き抜けるものか?)
一瞬そう思ったが、すぐに首を振る。
魔族だ。そういうこともあるのだろう。
リーネも驚きはしたものの、深く追及する様子はなかった。
「ありがとうございます!」
リーネが牢から出る。
だが、その直後――。
上階から、複数の足音が響いてきた。
怒号、金属音。こちらへ向かってきている。
「……ゆっくり話している時間は無さそうですね」
フィーネが小さく告げる。
「戦えるか?」
レオンがリーネを見る。
「身を守る程度なら……」
「十分だ。俺の後ろに」
レオンは剣を抜き、地下牢の入口へ視線を向けた。
幸い、入口は一つだ。囲まれることはない。
「さて……」
一度、大きく息を吸う。
「――もうひと踏ん張りだな」
階段の上で、誰かがこちらを見つけた叫び声が上がった。




