密輸組織④
風を裂く
斧が振り下ろされた瞬間、床石が砕け、乾いた衝撃音が部屋に響いた。
エレナはその直前に身を翻し、わずかな距離を置いて着地する。
――重い。
腕に伝わる空気の圧だけで、その一撃がまともに受け止められる代物ではないと分かる。
大柄な男は、斧を力任せに引き抜くと、続けざまに横薙ぎに振り払った。
エレナは一歩、二歩と後ろへ下がりながら、刃の軌道を見切る。
無駄な力は使わない。斧が床に叩きつけられた、その一瞬――。
踏み込む。
肩、腕、脇腹。
剣先が的確に走り、確かな手応えを残して離れる。
「……ぐっ」
男が短く呻く。
エレナは間合いを外しながら、冷ややかに言い放った。
「隙だらけよ」
勝てる相手だ。技量で大きな違いがある。
だが――。
エレナは、次の瞬間、眉をひそめた。
刻んだはずの傷が、塞がっていく。
血のにじんだ跡が、まるで巻き戻されるかのように消えていく。
「……?」
部屋の奥で状況を見ていたカイルが、低く呟いた。
「なんだ……?」
男は口の端を歪め、左腕を掲げる。
そこには、白く淡い光を放つ装飾の腕輪があった。
「こいつを手に入れておいて良かったぜ……」
次の瞬間、斧が唸りを上げる。
横殴りの一撃。反撃を予想していなかったエレナは咄嗟に剣で受け止めた――が。
衝撃が、全身を貫いた。
「……っ!」
体勢ごと吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられる。
肺の空気が一瞬で押し出され、視界が揺れた。
「エレナさん!」
入口を固めていたシルヴィアの声が響く。
「……大丈夫。油断しただけよ」
エレナは歯を食いしばりながら、すぐに体を起こした。
その視線は、男の左腕から離れない。
「回復の奇跡が込められた腕輪です……!あんな貴重なもの、なぜ盗賊が……」
シルヴィアの言葉に、男は鼻で笑った。
「海にはな、いいもん持ってる奴が多いんだよ」
「………?」
――海。
その言葉に、カイルがわずかに眉を動かす。
だが、考える暇はなかった。
扉の向こうから、慌てた声が響く。
「大丈夫ですか!? 大きな音が――」
男はにやりと笑い、怒鳴り返した。
「侵入者だ! 入ってこい!」
数で来られれば、厄介だ。
カイルが内心でそう判断した、その瞬間――。
ドゴオオオオン!!
遠方から、地を揺らす爆音が響いた。
「な、なんだあ!?」
盗賊たちの声がどよめく。
男は一瞬、エレナを睨んだ。
「……お前らの仕業か」
「……ふん」
エレナは答えない。
(何……いまの爆発音?)
そもそも何が起きたのか分かっていなかった。
混乱の中、扉が開く。
「だ、大丈夫ですか…ぐわぎゃ!」
様子を見に来た盗賊が、部屋に足を踏み入れた瞬間――鈍い衝撃音。
入口脇で待ち構えていたシルヴィアのメイスが、容赦なくフルスイングで振り抜かれた。
「後続はいません!」
「ナイスだ、シルヴィア!」
爆発音が、結果的に良い陽動になっている。
男は舌打ちし、斧を構え直す。
「チッ……金髪のねーちゃんを倒すしかねえか」
エレナは剣を構え直し、静かに言った。
「腕輪の力に頼って、勘違いしてるみたいだけど……対処法はいくらでもあるわ」
「ああん? やってみやがれ!」
斧が振り下ろされる。
エレナはかわし、次の振り上げ――それを、剣で弾いた。
――パリィ。
甲高い音と共に、斧が大きく弾かれ、男の体勢が崩れる。
「――ウインドエッジ」
剣が振り抜かれた。
空を切ったように見えた一撃。
だが、次の瞬間、男は理解した。
左腕が、ない。
「……?」
遅れて、悲鳴が上がる。
風を凝縮した不可視の刃が、本来の刀身よりも長く伸びていたのだ。
腕輪ごと断たれた左腕は、もう再生しなかった。
エレナは一歩踏み込み、迷いなく突きを放つ。
それで、終わった。
「……ふぅ」
剣を下ろし、エレナは小さく息を吐いた。
「こんな相手に魔法使っちゃったわ。もったいない」
「エレナさん! 大丈夫ですか!」
「怪我はないわ。それより――」
エレナは、床に転がった腕輪を拾い上げ、シルヴィアに差し出す。
「はい、回復役が持つのが一番でしょ」
「……色んな意味で気が進まないのですが」
渋々受け取るシルヴィアを横目に、カイルはすでに書類を漁っていた。
「雑談してる時間はない。情報収集だ」
「あ、ごめん。生かして尋問すればよかったかしら」
「時間がない。どうせ多くは知らん」
シルヴィアが、ふと呟く。
「さっきの爆発音……レオンさんでしょうか」
「レオンにしては派手すぎるのよねぇ」
エレナはそう言って、剣を納めた。




