密輸組織①
再会と共闘
――転がり落ちる衝撃で、肺の中の空気が一気に押し出された。
斜面を滑り、草地を転げ、最後に小さな根の張った木にぶつかってようやくレオンの身体は止まった。全身に鈍い痛みはあるが、致命傷はない。
数秒、意識が白く飛んで――そして、ふと柔らかい何かが顔に触れていることに気づいた。
「……ん? なんだ、これ……?」
目を開くと、目前に端正な少女の顔があった。
鋭い柘榴色の瞳が、至近距離でレオンを射抜く。
「――いきなり押し倒すなんて、やっぱり変態さんなんですね」
「えっ、あっ、すまないっ!」
レオンは慌てて飛び退き、草を巻き上げて距離を取った。
少女――フィーネはため息をつき、軽く服の砂を払う。
「……怪我はないか?」
「落ちる時も抱きつかれてましたから。怪我はしてませんよ」
「……いや、本当に悪かった。無事ならばよかった」
レオンは周囲を見渡し、少女の姿をもう一度確認する。
その横顔を見て――どこか既視感があった。
「……あれ、君……どこかで……?」
「覚えてませんか?……あれぐらいは日常茶飯事でしたか?」
フィーネはじろりと睨み、わざとらしく言う。
「魔王城で、着替えを覗かれた被害者ですけど?」
レオンの脳裏に魔王城での出来事がフラッシュバックする。あの時に見た美少女と顔が一致する。
「いやっ、それは事故だ! 本当に故意じゃない!」
「魔王様から、潜入任務だったのは後で聞きましたけど……潜入中に覗き行為なんて、もっとタチが悪いと思いますけどね」
口では冷たい言葉を投げつつ、ジトッとした目でレオンを見つめる少女。しかし、その声音にはどこか楽しげな刺もある。
「……まあ、いいでしょう。魔王様に免じて許してあげます」
フィーネはあの後にゼノが話をしていた、レオンはそんなことをする奴じゃないという不思議な弁護を思い出していた。
(なんで魔王様が聖騎士を弁護してるんですかね)
フィーネはくるりと踵を返し、落ち着いた歩調で斜面の上方を見た。
「ところで、聖騎士レオンさん。あなたはこんな所で何を?」
名前を呼ばれ、レオンは苦笑した。
「……やっぱり正体は知っているか。俺は、密輸組織のアジトに潜入する任務中なんだ」
「また潜入ですか……もしかして趣味なんですか?」
「い、いや。そうじゃないんだ。魔王薬というものを製造し、流しているらしくてな」
「魔王薬……」
その単語を聞いた瞬間、フィーネの瞳がぎらりと光った。
「それは……絶対に許せませんね」
「知っているのか?」
「少し前に、手がかりを見つけたところです。その瓶――あいつらの荷物に、ありました」
怒りを抑えきれないというように、フィーネはぐっと拳を握る。
「……では、利害は一致していますね」
「君も、潜入するつもりか?」
「いえ、一人で突っ込んで壊滅させようとしてましたけど」
「それは無茶だろう……」
レオンは思わず苦笑する。
しかし、直後にふと真剣な表情に戻り、静かに口を開く。
「……それなら一緒に行かないか? 俺達が敵対する理由はないだろう。俺は、いま魔王軍と争うつもりはない。今は密輸組織を追っているだけなんだ」
「聖騎士が魔族と協力……いいんですか?」
「そうだな……フローラのことは知っているか?」
「ええ」
知っているも何も、実は近くまで一緒に来ているが、それは伝えないでよいかとフィーネは思った。
「彼女を知っているなら話は早い。あいつが魔王軍側にいる時点で、俺の中の境界はもう曖昧でな……」
レオンは少し照れたように笑う。
「だから、今敵じゃない相手なら、一緒に動いてもいいと思う」
「変態さんにしてはまともな判断ですね。……いいでしょう」
フィーネはあっさりと頷いた。
「でも変なことしたら、本気で切りますからね?」
「……しない。絶対にしない。……改めてよろしく、俺は聖騎士のレオンだ」
「私はフィーネ。魔王城で給仕しています」
レオンは握手しようと手を差し出したが、フィーネはスカートをつまんだお辞儀で返す。まだ警戒しているというサインだろうか。
ちなみに彼女はただの給仕ではなく、本当は幹部級なのだが、そこは黙っている。
「……よろしくフィーネ。まずはアジトへ向かおう。そこに俺の仲間も向かっているはずだ」
差し出した手が空振りに終わったレオンだったが、ある程度予想はしていたようで、事もなげに言葉を続けた。
「レオンさんは……仲間と合流するんですよね?」
「ああ。フィーネも一緒に来ればいい。ただ……」
「ただ?やっぱり私のことを捕まえますか?」
「仲間が君のことを捕まえようとする可能性は……なくもない」
レオンは正直に言った。誤魔化さないのが彼の良いところだ。
「でも、俺が悪いようにはしないと約束する」
「……わかりました。変態さんの言葉、ここでは信じてあげます」
フィーネは微笑し、軽やかに森の奥へと歩き出す。
「行きましょう。アジトはすぐ先なんですよね」
レオンはその後ろ姿を追いかけながら、静かに息をついた。
(このフィーネという子を疑うわけではないが、かといって信用もできないか……。行動は見張っておかなければな)
先をゆくフィーネは、レオンが追いついてくるのを待つため、振り返りながら立ち止まっている。
(例えお仲間さんが私を捕まえようとしても……逃げることはできるでしょうし、まぁ大丈夫でしょう)
二人はそれぞれの思惑を秘めながら、密輸組織の潜む山奥へと足を踏み入れた。




