ピクニック隊、出発!②
フィーネ再点火
雲ひとつない青空。
春の風が草の海を渡り、魔王軍の旗がのんびりとたなびいていた。
丘の上では、魔王軍の“ピクニック隊”が無事に目的地へ到着していた。
総勢百名近い行楽客――いや、魔族たちが整然と並ぶ光景は、誰がどう見ても遠足ではなく行軍の陣立てにしか見えない。
「いやー、結構歩きましたね! なかなか、疲れちゃいました!」
息を弾ませながらも満面の笑みを浮かべるフローラ。
「ここがフローラが視察してきた場所ね。確かに広くていいじゃん。」
レミが周囲を見回しながら感心したように言う。
「でしょ? グリフォンさん達が教えてくれたんです!」
呼ばれたグリフォンが、誇らしげに胸を張って「クエエッ」と鳴いた。
「やるじゃん。」
レミがその羽をぽんぽんと叩くと、グリフォンは嬉しそうに首を振る。
フィーネはその様子を眺めながら、きちんと進行を管理していた。
「では、頃合いですし昼食にしましょうか。」
その一声で、あちこちの部隊が一斉に動き出す。
レジャーシートを広げる者、簡易椅子を設置する者、さらにはテントを張る者まで。
「……なんだか、野営みたいですねー。」
フローラが笑いながら言うと、フェンリルが肩をすくめた。
「装備が本格的すぎるんだよな。誰だよ鍋持ってきたやつ。」
「それはうちの部下だ!」
胸を張るルシアン。
「ピクニックって聞いたから鍋パーティーかなって!」
「ピクニックの定義どこいったのよ……」
レミが呆れ顔でつっこむ。
やがて、設営がひと段落すると、フローラが丘の端に立ち、両手を口に当てた。
「やっほー!」
すぐに、丘の向こうから反響する声。
「……おー!」
「おおっ、ちゃんと返ってきますねー!」と笑顔で喜んでいたフローラの顔が、ふと止まった。
「……ん?」
「フローラさん、そろそろお昼にしましょうか。」
フィーネがやってくる。
「あ、フィーネさん。なんかあそこに人がいるみたいなんですけど?」
フローラが指をさす。
フィーネも視線を向ける。
「はて……ん? んんん?」
彼女の瞳が鋭く細まる。
目の良いフィーネには、遠くの様子がはっきり見えた。
粗野な男たちが何やら荷を運んでいる。そして、荷台には――
それは、見覚えのある瓶の形だった。
透明なガラスの中に揺れる、濁った液体。
フィーネの表情が一瞬で変わる。
頬がひくりと引きつり、目に炎が宿った。
そして次の瞬間――
「見つけたああああああ!!!」
丘の上に轟く怒声。
一同がびくりと振り向いた。
ルシアンがサンドイッチを落とす。
「な、なに!? どしたの!?」
フローラも慌てて駆け寄る。
「フィ、フィーネさん!?」
だが、当の本人は聞いちゃいない。
フィーネは背中の大鎌を抜き放ち、銀の刃を陽光に煌めかせた。
空気がビリリと震える。
「ちょっと……あいつら、ぶっころしてきます!」
言うが早いか、丘の斜面を全速力で駆け下りていった。
大鎌を手に、風を裂くような疾走。かなりの急斜面だが、踊るように駆け下りていく。
あまりの速度に、部下たちはただ呆然と見送るしかない。
「フィーネさん! 気をつけてー! 夕方までには帰ってきてねー!」
のんきに手を振るフローラ。
「行っちゃったねー。」
レミが肩をすくめる。
「まぁ、すぐ戻るでしょ。」
「いや、あれ絶対夕方じゃ帰ってこないやつだ。いざとなったら空から探すかなー」
フェンリルが呟く。
幹部たちは呑気なものだが、一部の兵たちはフィーネの様子に慄いている。
「俺、フィーネ様があんな大声出すの初めて見た……」
「めっちゃ怖かったな……」
「でもちょっと……ギャップ萌えってやつか?」
「わかるわー」
下士官たちの囁きがざわめく。
フローラはそんな周囲を気にもせず、明るく声を張った。
「はいはーい! じゃあフィーネさんはお出かけしてしまいましたので、こちらはこちらでお昼にしましょう!」
「「はーい!」」
平和な返事とともに、魔王軍のピクニックは再開された。
……そして、しばらくして、遠くの丘の向こうでドォンッと爆音が鳴り響く。
レミがパンをもぐもぐしながら言った。
「……始まったね。」
フェンリルが肩を竦める。
「やっぱりな。」
「まぁまぁ、落ち着いて食べましょう。冷めちゃいますから!」
と、まったく動じないフローラ。
魔王軍のピクニックは、まだ始まったばかりだ。




