ピクニック隊、出発!①
出発準備オーケー
魔王城の前庭は、いつになく賑やかだった。
春の風に旗がはためき、青空の下には鎧と布をまとった魔族たちがずらりと整列している。
弁当袋を提げ、魔獣を従え、列の最後尾までずっと続くその光景は――どう見ても遠足ではなく、小規模な遠征軍だった。
「皆さん準備はいいですかー? 出発しますよー!」
フローラの明るい声が響くと、百名近い魔族たちが一斉に声をあげた。
「おおーーっ!!」
咆哮のような歓声が青空にこだまする。
ゼノは少し離れた場所でその光景を眺め、こめかみを押さえた。
「……どう見ても出征なんだよな、これ。」
「声をかけたら、思ったより集まっちゃって!」
フローラは両手を腰に当てて笑う。
その隣で、整列した魔族たちは妙に行儀がいい。
列の中には幹部クラスもいれば、魔獣部隊の姿まであった。
「気をつけて行ってこいよ……。勝手に侵略とか始めんなよ。」
「もぉー、なんだと思ってるんですか! ただのピクニックですよ!」
頬をふくらませるフローラに、ゼノは半眼でため息をついた。
「イマイチ信用できねぇんだよなぁ……。……レミ、ちょっとこい。」
「なになに? 内緒話?」
ひょいと顔を寄せるレミに、ゼノは小声で言う。
「いいか、あいつが暴走しねぇようにちゃんと見張っとけ。あと危なっかしいから、目を離すなよ。」
「りょーかい。相変わらず過保護だねぇ。」
「過保護じゃねぇ! これ以上、俺の胃を痛めたくねぇだけだ!」
周囲の幹部たちは「また始まった」と苦笑していた。
その一方で、別の場所ではフィーネが忙しそうに動いていた。
「皆さん、これを魔獣さんたちにお願いしますね。」
昼食と野営用具を次々と背に積み込む。
百人分ともなれば相当な量だ。魔獣たちは「また俺たちか……」とでも言いたげに耳を伏せている。
フェンリルがその頭を撫でてなだめた。
「お前たち、着いたら遊んでいいから、ちょっと我慢しろよな。」
「思ってたより遠出だな。荷役も大変そうだ。」
ゼノの言葉にフェンリルは笑う。
「まぁ、戦いの遠征に比べりゃ軽いもんだよ。ちょっとした訓練さ。」
そこへフィーネが小走りにやって来た。
「魔王様、すみません。本来なら私も留守番すべきなのですが……」
「構わんよ。いつも働きづめだろ。たまには気分転換してこい。」
笑顔で言いつつ、心の中では(ストレス発散のほうがメインだけどな……)と小さくため息。
「ありがとうございます!」
深く頭を下げるフィーネ。その背に背負われた大鎌が、陽光を受けて鈍く光った。
「……その鎌、ピクニックに持ってくのか?」
「護身用ですよ。」
「護身(物理)だよな? 護身(殲滅)じゃなくて?」
「えっ?」
「いや、なんでもねぇ。」
ゼノは頭を抱えた。近くの部下たちは「おいおい……」と顔を見合わせる。
「じゃあそろそろ出発しますよー!」
フローラの明るい声が広場に響く。
「おおっ!」と一同が応じる中、ルシアンがひょいと魔狼の背に乗った。
「よーし、準備完了。俺はこのまま乗って――」
「ルシアンさん! ダメですよ! ちゃんと歩いてください! ピクニックは自分の脚で楽しむものです!」
「えぇー……歩くの……?」
情けない声にレミが笑う。
「ほらほら、ちゃんと歩かないとまたフローラに怒られるよー。」
「ちぇっ。」
しぶしぶ降りるルシアンを見て、周囲はどっと笑いに包まれた。
そして――
フローラが一歩前へ出る。春の風が金の髪を揺らし、明るく宣言した。
「それでは! 魔王軍ピクニック隊、しゅっぱーーつ!」
「おおーー!!!」
魔獣たちが咆哮し、城門がゆっくりと開く。
弁当と笑顔を抱えた魔王軍の“遠足”が、堂々と城を後にしていった。
その背中を見送りながら、ゼノは深く息をついた。
「……何事も、起こらないでくれよ。」
胃のあたりを押さえながら呟くその声は、誰にも届かない。
晴れ渡る空には、ただ、のどかな風が吹いていた。




