戦闘開始③
<潜入の途上>
昼下がりの森は、静寂に包まれていた。
陽光が枝葉の隙間からこぼれ、金の粒のように揺れている。
木々の根は岩を這い、わずかに続く獣道を覆い隠していた。
レオンは前を行くカイルの背を見ながら、ゆっくりと進む。
鎧の金具が陽を受け、淡く光を返した。
「……もう少しでアジトだな」
カイルが手にした地図を確認しながら言う。
「地形も合ってる。あの尾根を抜ければ、渓谷沿いに出るはずだ」
レオンの声は低く、抑えられていた。
「人の気配がします」
シルヴィアが周囲を見回し、慎重に呟く。
「数まではわかりませんが……少なくとも、こちらには気づいていません」
「焦らずに行こう」
エレナが言った。
「リューン隊が陽動を始めていれば、敵の注意はそちらに向かっているはずよ」
風が通り抜ける。
草の揺れの向こうで、かすかに地面が震えた。
耳を澄ませば、遠くから鈍い音――地鳴りのような戦闘音が聞こえる。
「……聞こえます。戦闘音です」
シルヴィアが顔を上げる。
「始まったわね。リューン隊が陽動を開始したんだわ」
「予定通りだ。俺たちは慎重に行こう」
レオンは短く頷き、歩みを再開した。
森の中は、昼間でも薄暗い。
だが、進むごとに空気が少しずつ重くなっていくのを、レオンは感じていた。
やがて――。
斜面の先に、低く開けた谷が見えた。
「……誰かいるな」
カイルが低く言う。
岩場と低木が混じるその空間で、数人の野盗が円を描くように動いていた。
中心にいたのは、フードを被った少女。
片手に短い杖のようなものを構え、足元の土をえぐるような魔法を放つ。
衝撃波が走り、野盗の一人が吹き飛んだ。
しかし敵は多い。数で押し潰そうと、じり、じりと距離を詰めてくる。
「やるじゃねえか嬢ちゃん、捕らえろ!」
少女はひるまず構えを取る。
表情はわからないが、目には恐れがなかった。
しかし、包囲は完了しつつあるように見えた。
レオンの手が自然に剣へ伸びる。
カイルが慌てて制止した。
「待て、今は――! 潜入中だぞ!」
「しかし……見捨ててはおけない!」
レオンの視線の先で、ひとりの野盗が弓を構えた。
放たれる矢――狙いは少女の頭上。
考えるより先に、体が動いていた。
レオンは斜面を駆け下り、草を踏みしめる音が一閃のように響く。
そのまま、少女の背後に飛び込み、抱きかかえるように庇う。
矢が空を裂き、肩を掠めた。
金具が弾け、火花が散る。
「きゃっ――!」
二人の体はぶつかり合い、斜面を転がった。
土煙が舞い、落ち葉が宙を散る。
岩肌を擦る音と共に、二人は谷の茂みへと消えていった。
「レオン!」
「レオンさん!」
エレナとシルヴィアが駆け寄るが、すぐに姿を見失った。
下は鬱蒼とした茂み。視界が悪い。
上に残った野盗たちがこちらに気づき、剣を構える。
エレナは即座に詠唱を始めた。
「《ウィンドランス》!」
突風が轟き、野盗たちを一掃する。
続けてシルヴィアの光弾が炸裂。
残りの者たちも魔法攻撃により倒れ、森に再び静寂が戻る。
エレナは息をつき、斜面を見下ろした。
しかし、そこには木々の影が深く差し込み、何も見えなかった。
「……返事がない」
小声で呟く。
カイルが一歩前に出た。
「行くぞ。何があろうと任務は続ける。レオンなら生きている」
「でも――」
「シルヴィア、防護魔法はまだ残ってるか?」
「はい。さっきかけておいた防護魔法はレオンさんにまだ残ってるはずです。落下しても、致命傷は避けられるかと」
エレナは唇を噛んだが、やがて息を吐いた。
「……わかった。信じるしかないわね」
カイルの掛け声と共に、三人は再び歩き出す。
森の奥、陽の届かぬ方へ。
アジトへの潜入作戦は、静かに続いていった。
そして――
少し離れた下の茂みで、レオンはゆっくりと目を開けた。
頬に当たる柔らかな感触と、近すぎる距離に気づき――息を呑む。
そこには、先ほど助けた少女がいた。
その瞳は、まるで獣のように鋭く光っていた。




