戦闘開始①
<砂の鳴き声>
陽が真上に差し掛かる頃、平野の空気は乾き、風が草原を波のように揺らしていた。
国境砦から数リーグ離れたこの地――丘と草原と森林の入り交じる荒地に、リューン隊の騎馬が整然と並んでいる。
風の向こうで、陽炎が揺れていた。遠くの丘の背に、崩れかけた石造りの建物。
野盗どもが潜む、旧跡地だ。
「敵影、変化なし。斥候の報告通り、あの丘の向こうに陣取っているようです」
副官の報告に、リューンは軽く頷いた。
「よし。まずはこちらへ引きずり出す。」
短く答え、手綱を引く。
その動作ひとつで、部隊全体が一斉に動き出す。砂塵が風に巻き上がり、陽光を鈍く反射する。
太鼓が鳴った。
乾いた音が空を裂き、前衛が駆け出す。蹄が地面を叩き、振動が波紋のように広がった。
数息の後、丘の影から人影が現れる。
野盗たちだ。汚れた鎧に粗末な武具、それでも手慣れた動きで一斉に突撃してくる。
「来たな……。想定通りだ。」
リューンの声に呼応するように、弓兵が矢を放つ。弦の音が乾いた空に響き、矢羽が風を裂いた。
リューン隊の統制は完璧だった。乱戦となりながらも、各隊は滑らかに陣を維持し、押し返していく。
その中で、ひときわ目を引く銀の閃光が戦場を駆け抜けた。
「白銀、左から回れ! 奴らを散らせ!」「了解!」
マーリスの声が返る。
彼女の白銀の鎧が太陽を反射し、剣が光の軌跡を描く。鋭く踏み込み、敵の陣形を切り裂く。
野盗たちの右翼が崩れ、砂煙の中で悲鳴が上がった。
――完璧な流れ。あとは伏兵のタイミングを計るだけだ。
しかしリューンは戦況を見渡しながら、静かに息を吐く。
数、配置、動き。どれも想定通り。作戦は理想的に進んでいた。
だが――。
何かが、妙だった。
(……順調すぎる。これほどまでに、静かな戦場があるか?)
剣戟の音、怒号、蹄の響き。
それらが耳に届くたびに、何故か“遠く”に感じられる。
風が急に重くなり、空気の中に微かなざらつきが混ざった。
リューンは顔を上げた。風の向きが変わっている。さっきまで東から吹いていたはずの風が、今は北西へと流れている。草の揺れ方が逆転していた。
「……嫌な風だ。砂が鳴いている。」
副官が怪訝な顔を向ける。
「何か?」
「いや……気のせいかもしれんな。」
リューンはそう言いながらも、手綱を握り直した。
馬の耳がピクリと動き、鼻を鳴らす。
砂が地面を滑るように動き、ざり……と、まるで囁くような音を立てた。
それは、砂が風に擦れる音――だが、どこかで“生き物の声”のようにも聞こえる。
(……砂は嘘をつかん。何かが来る。)
太陽の下で、砂塵が舞い上がる。
戦場の喧噪の中に、微かに冷たい気配が混ざっていた。
それを察知したのは、この荒野の風を知る者――リューンただ一人だった。




